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「ちはやぶる神の国」 銀座博品館劇場公演を見に行く!   信長が思い描いた日本統一 「異聞・本能寺の変」


 「ちはやぶる神の国」 銀座博品館劇場公演をが思い描いた日本統一 「異聞・本能寺の変」


 和服姿の代表的日本人

 2024年4月「ちはやぶる神の国 異聞・本能寺の変」が、銀座「博品館劇場」で開催されました。「ウエルネス@タイムス」第4号で紹介している日本とフィリピンの合作映画「義足のボクサー」でエグゼクティブ・プロデューサーを務めた澤繁実氏が、今度は俳優デビューを飾ったという話題の主演作です。

 自衛隊出身の代表的日本人として、和服姿でどこにも出かける澤氏の風貌は、日本のサムライとして、姿を現すところ、その場が彼の独壇場(?)になるといった主役の風格があります。俳優デビューと聞いて、納得する理由です。

 そんな澤氏だけに、編集部に届いた案内を見て、ただの観劇レポートでは面白くないと考えて、前号(第33号)で「第一回大使サミット」をレポートしてもらったジャーナリストT氏に、レポートをお願いしてみました。

 銀座はT氏の岳父が、仕事でよく訪れていたという街で、70過ぎまで銀座のクラブを飲み歩いていた有名な老人だったそうです。「だから、どうなの」という話ですが、T氏も銀座は若いころから、入り浸っていたそうで、久しぶりに「博品館」裏の銀座国際ホテルに泊まってくると、なぜか張り切っていました。

 以下「難しいことは小学生に聞く」というT氏からの報告です。



         *                   *

 未練学派のつくる歴史?

「歴史にif(もし)はない」と言われる。

 出典には諸説あるというが、歴史学者E・H・カーが歴史を語るときに「たら、れば」

を多様する論者を「未練学派」と切り捨てたことがルーツになっているとか。

 なるほど、未練学派とは言いえて妙である。

 確かに、歴史にifはないが、解釈はifのオンパレードである。あるいは、同じ事件を巡っては、当然ながら多くの事実が存在する。そのどれを取捨選択するか、どこを切り取るかで、結果は大きく左右される。嘘も方便どころか、白が黒になる、黒が白になるという真逆の真実が出現するからだ。

 そこにいくつもの歴史が存在する理由もあるわけだが、多くの歴史は勝者によるもの。

声の大きい者の語る歴史が主流を占める一方で、敗者による歴史も存在する。

 国の数、人の数だけある「歴史」に意味があるとすれば、真実に到達することが、人を人間として成長させ、世の中を良くする力として働き、平和な社会をつくるのに役立つかどうかである。

 しかし、現実には歴史にこだわり、歴史の解釈を巡って「歴史問題」という表現まであるぐらいで、歴史の解釈の相違が国同士の対立・反目、さらには戦争やテロの原因になるなど、そこでは歴史を学ぶことは戦争をするための方便、理由付けのようでもある。

 事実、平和を掲げながら、歴史を学んだつもりが、相変わらず世界の歴史は、戦争・対立の歴史である。人は学んだ通りのことをしたくなるためである。

 そこに教育の効果もあるのだが、日本で言えば、その原点でもある平和な縄文時代に学ぶつもりがないことが、戦争など止めるつもりがないとの本性を表している。


 異聞・本能寺の変?

 銀座博品館での「ちはやぶる神の国」はNHK大河ドラマなど、多くの場所でテーマにされてきた「本能寺の変」をテーマにしたものである。

 複雑な戦国時代の人間関係が輻輳する中、高齢化社会の現在「人間五十年、下天の内」という歌にある人生を、今回の舞台はストレスから来る頭痛持ちといった持病から、さらに脳梗塞への恐れという具合に、死を自覚する織田信長の平和(日本統一)への夢と人生観を絡めて進行する。

 歴史的な背景を改めてお復習いするため、第1部は舞台上の役者たちと歴史上の人物のレビューでもある。戦国の時代の雰囲気と、織田信長を取り巻く人間模様が歴史上のストーリーとともに、優雅に、美しく、時に荒々しく展開される。

 その日は土曜日ということもあり、観客席には家族連れ、子どもたちの姿もある。

 第2部との幕間に、聞こえてくる彼らの声は「よくわかんなーい」というものだ。もっとも、ストーリーは頭に入らなくとも、舞台は様々な仕掛けを、武士道に通じる美とアートとして提供していて、飽きることはない。

 百戦錬磨のプロ中のプロによる殺陣師の指導により、舞台上で本格的な殺陣が展開されるからだ。剣のみならず、和服の美など、メリハリの効いた舞台は、それ自体が見物だからである。

 戦国の世の歴史的な事実をお復習いした上で、第2部は「異聞」とあるように、これまでの史実とは異なる展開が始まる。

 一般的に本能寺の変は、優秀だが真面目で面白みがない明智光秀が、何かと信長に冷遇されるのを我慢してきたところ、やがて所領を取り上げられ、西国(毛利)攻めの秀吉に続くことを命じられて、最後に「敵は本能寺にあり」と反旗を翻すという話である。

 異聞の内容は、ネタバレになるので伏せておくとして、要は持病のため余命幾許もないと知った信長が、座して死を待つのではなく、日本統一による戦国の終わりという夢の実現を徳川家康に託すというストーリーである。結果、戦乱のない江戸時代が到来した。

 劇中「秀吉にはその器量がない」と家康に自らの夢の継承を託している。

 異聞・本能寺の変は、天下統一を果たし、世の中に平和をもたらす夢を実現するため、

歴史に自らの名と夢の軌跡を残すための大芝居だったというわけである。


 武士道の条件とは?

 草部文子脚本、田中寅雄演出になる舞台「ちはやぶる神の国」のチラシには「本能寺の変は明智光秀が主君・織田信長を裏切った謀叛人として日本の歴史に残る大事件の一つですが、本作では、最後まで信長を信じ付き従い、その命を散らせた若き小姓たちの視線から、その『本能寺の変』を描きます」と書いてある。

 立派なパンフレットを開くと「序章」には戦国時代について「多くの英雄達が群雄割拠し、サムライと呼ばれた男達が命を燃やし輝いていた。彼らは研ぎすまされた日本刀という鋭利な武器を持ち、日常が命のやり取りを繰り広げていた。そんな武士達を支えた美学について考えてみた」とあり、武士道の基本となる条件を記している。

 武士道の中心となる良心の掟としての「義」の精神。その義を貫くための「勇」。

 人としての思いやりであり、他者への憐れみの心である武士の情け。「義に過ぐれば堅くなる、仁に過ぐれば弱くなる」(伊達政宗)という「仁」。

 他者に対する優しさを型として表した謙虚さとしての「礼」。文字通り、言ったことを成す武士の「誠」。名を尊び、自分に恥じない生き方を貫く「名誉」。そして、己の正義に値するものに対して、絶対を誓う「忠義」という7つの条件である。

 これらの条件を今日のリーダーたちには求めることができない不幸な時代を直視して、

この「歪みきって原型を留めない現代社会で、命の意味と真っ向から向き合う為に、私達は今一度、サムライ達の生き様を、考えてみたいと思う。武士たちはどう美しく死ぬかを追求したが、それは同時になんのために生きるか、という哲学なのだと」と、今日、世界の銀座で展開される舞台の意義を語っている。

 脚本家・草部文子氏の家系

 劇中「自分に命と誉れも差し出すつもりがあるか」と問われて、光秀は信長に「ある」と答える。武士道の7つの条件に照らせば、正義も不義も異なるもののように見えて、忠義こそ、お互いを尊び、自分に恥じない生き方を貫く誠の道ということである。

「異聞・本能寺の変」とのタイトルは、平和が原点にある日本では、単純な謀叛劇とは異なる異聞にこそ意味があるようにも思えてくる。敵が味方、裏が表、悪が正義、負けるが勝ちであるという和の一元論の立場からは、案外、史実と異なる本能寺の変こそ、新たな歴史の真実となるのに相応しい。

 脚本の草部氏は教育学者の父・草部典一と純文学作家の母・草部和子の長女として生まれた。その家系図の開祖は、杉野弥左衛門直基という人物で養老押越城で、城主・柴田宗印に仕えていた重臣だという。

 1570年ごろ、その城が織田信長に攻め滅ぼされ自刃したのだが、息子・基定は信長に救われ小姓として仕えた。そして、1576年、明智光秀が石山本願寺勢一万五千に囲まれて、信長に援軍を求めた。その天王寺の戦いで、基定は信長の近習の一人として討ち死にしたと、先祖書には書かれているとか。

 今回の舞台は、その天王寺の戦いの場面からスタートするというが、まさに時空を超えた現代絵巻は、敵も味方もない先祖供養の一幕なのである。

 銀座での「ちはやぶる神の国」の舞台を見て、個人的には昔、ニューヨークのブロードウェーで見たミュージカル「ウエストサイドストーリー」の記憶が蘇ってきた。舞台上の殺陣は、見方を変えれば、見事なダンスバトルである。

 あるいは、シェークスピア4大悲劇の一つ「マクベス」を、安土桃山時代の日本に置き換えて描いた「NINAGAWAマクベス」を思い出させもする。演出家・蜷川幸雄の舞台はステージを仏壇に見立てることによって、マクベスを日本人にも通用する先祖供養の物語につくり変えるとともに、世界に通用する衝撃の舞台にしていた。

「異聞・本能寺の変」もまた、平和のために役立つ納得の舞台、歴史解釈として、意味のあるチャレンジというわけである。


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