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「みんな知らない“糞虫さん”の世界」一口知識 「日本熊森協会」福岡支部 月例会に参加して


 「みんな知らない“糞虫さん”の世界」一口知識

 「日本熊森協会」福岡支部 月例会に参加して





 丹頂鶴の羽は雪より白い

 2022年5月22日、活発な活動を展開している一般財団法人「日本熊森協会」福岡

支部の月例会、および勉強会に参加してきた。

 午前10時から始まった熊森福岡支部の定例会は、コロナの影響で、予定がずいぶん変

更したようだが、とりあえずの活動報告からスタートした。

 近年の活動では、恒例となっている北海道在住の写真家・アウトドアマスターガイドの

安藤誠氏の特別講演会「安藤誠の世界」を開催。2021年10月に行われた講演につい

て、貴重な写真とともに報告が行われた。

 1964年、札幌に生まれた安藤氏は、2004年からアラスカでネィチャーガイドを

始めるなど、世界的に知られるプロのネィチャー写真家であり、日本熊森協会の顧問でも

ある。釧路に宿泊施設を持ち、ネイチャーガイドの傍ら、全国を講演して歩いている。と

はいえ、なかなか実際の講演会には行く機会がない。

 熊森つながりで、安藤誠氏の講演の一端をかいま見ることができるというのも、貴重な

経験である。

 安藤氏に関する話の中で、印象に残っているのは、丹頂鶴は「タンチョー」が正式名称

であり、冬場「丹頂の羽は雪より白い」ということだ。雪より白いというのは、どのよう

な白さなのか、現場に行ってみなければわからないが、なかなか魅力的、神秘的な表現で

ある。



 糞虫さんの奥深い世界

 2019年にも行われた森山まり子名誉会長の講演は、2022年は7月17日、北九

州市で行われる。森山名誉会長以下、熊森の活動は活発である。

 活動報告に続いて、余興というわけではないが、趣向を変えて、熊森協会制作の紙芝居

の朗読が行われた。元、演劇活動などをしてきたという深水さんが、実際に熊たちの姿が

見えるような臨場感あふれる時間を演出していた。幼稚園、小学校などで、紙芝居公演を

行えば、もう少し熊森協会・福岡支部会員の平均年齢が下がるのではないかと、少しもっ

たいないと思う。

 女性と老人のパワーは感じられるが、残念なことに子どもと若者がいない。それが課題

だからである。

 もう一つ、興味深かった報告が、福岡の「ハッピートラベル」が2022年4月に行っ

た日本熊森協会・福岡支部後援による「奈良公園の糞虫観察会ツアー」の報告である。

 日本にも糞虫は多いが「スカラベ」と呼ばれる人気のフンコロガシ(黄金虫)は日本に

はいない。営業顧問の財前晴紀氏によれば、ハッピートラベルは、もともと海外専門のツ

アー会社だったそうで、日本にはいないスカラベを探しにいくアフリカツアーを企画して

いたところ、折からのコロナのため、海外へは行けなくなったため、奈良公園の糞虫ツア

ーに変更したというものだ。

 奈良公園では1300頭のシカが生息し、そのシカから毎日1トンの糞が排泄される。

そのシカの糞を、市の清掃局の代わりに処理する糞虫(ふんちゅう)を探しにいくツアー

である。

「日本熊森協会・福岡支部後援」と謳われたツアーは「フン虫王子」こと「ならまち糞虫

館」館長・中村圭一氏の案内で、福岡から参加した熊森会員が、いっせいに公園の糞の山

をほじくっては「アッ、いた!」「また、いた!」と、興奮しながら、童心に返って公園

のシカの糞と戯れる。

 小学生、幼稚園児ならわかるが、明らかな高齢者が楽しそうに糞虫を探していると「何

事か」と周りの家族連れや観光客が寄ってくる。

 シカの糞を食べる「宝石」が、奈良公園清掃係として、大活躍している。

 その実態を知れば、糞虫に対する見方も変えざるをえないだろう。

 もともとフンコロガシ(スカラベ)は、古代エジプトでは聖なる甲虫として崇められ、

宝石同様、ブローチや装身具として身につけられていた。

「糞虫をクソムシなどと呼ぶのはもってのほか。フンチュウと呼ぶのも失礼。私はふんち

ゅうサンと呼んでいます」と、報告者の財前氏は糞虫愛を語っていた。

 確かに、糞虫に比べて、われわれ人間が地球環境・自然のために何をしているのかを考

えると、基本的に垂れ流しである。九州のクマを絶滅させ、森を衰退させてきたことを知

れば、ただただ恥ずかしい。糞虫に顔向けできない。

 この糞虫ツアーは好評のため、今年6月にも行われている。




 自然と人生には無駄がない

 もともと、今回の「ウエルネス@タイムス」記者の熊森・福岡支部訪問は、仙台在住の

マクロビオティック指導者・美上みつ子さんから福岡の熊森協会関係者の岡野吉郎氏につ

ながり、岡野氏から「熊森・福岡についても取材してほしい」ということで、出かけたも

のだ。ついでに、熊本の幣立神宮、長崎のアンデルセンにも案内してもらえるという。

 熊森福岡の窓口になった岡野吉郎氏は、岡野環境科学研究所の名刺の他、一般社団法人

・放射線安全性評価機構の機械設計士・理事の名刺、NPO法人みろくのあゆみ代表理事

の名刺を持つ、科学・技術者である。

 土壌浄化法などの環境・エネルギーから、マクロビオティックの他、あらゆる方面に造

詣が深い。九州大学の高尾征治博士による株式会社ウエルネス(野村修之社長)の量子水

の実験に協力した人物でもある。

 当時の実験で量子水が人間にとってもっとも重要な「本物の水だ」ということを理解し

ており、実際に量子水を使用するだけでなく、あちこちにウエルネスの装置を売ったとい

うことである。

 量子水は「ウエルネス@タイムス」がメキシコでコロナ患者の98%以上に効果があっ

たというデータを紹介するなど                                             、積極的に推奨してきた水の一つである。

 岡野氏が量子水の実験を行った高尾博士の共同研究者だったことに、不思議な縁を感じ

ざるを得ない。

 改めて、長生きはしてみるもんだという感慨に捕らわれる。というのも、人生を振り返

れば、誰しも無駄ばかりしてきたように思うが、人生の折り返し地点を過ぎれば、その後

の人生は大きく2つに分かれる。

 無駄を単なる無駄として虚しく嘆いて慨嘆するか。あらゆる無駄を、ただの無駄にはし

ないために無駄の回収(?)を始めるかである。世に出る多くの人物は、多くの無駄とと

もに生きて、最終的にそれらの無駄を生かすことによって、人とはちがう世界を生きるこ

とができる。

 長く生きていない者にはわからないことだが、長年生きてくると、人生には無駄がない

ことが、よくわかる。

 もっとも、長生きしても、病気の者、感謝の足りない者、先祖供養をしない者には、わ

からない、できないことだから、人生は面白い。

午後は、岡野吉郎氏によるガンをはじめ様々な疾病から「健康を取り戻す方法と断食の

効用」などの講演。いわゆる勉強会という雰囲気である。「ウエルネス@タイムス」記者

も、ゲストとして実体験によるマスメディア、有名ジャーナリストの実情の一端を述べた

ほか、美上みつ子さんのマクロビオティック講話など、もり沢山なスケジュールで、ほぼ

1日がかりの福岡熊森訪問は終わった。



 文明の犠牲にされた民衆の自然観

 北海道・釧路の自然、あるいは糞虫の生き方を知れば、地球の持続可能性をはじめ、生

物多様性、SDGsなど、もともと自然とともにあって世界が成り立っていることがわか

る。その自然・地球を人間の都合のいいように操作しようとしても、うまく行くはずがな

いのは、効率、合理性、ムダを排したつもりでも、モグラたたきに似て、新たな問題が生

じて地球環境の危機が問題になるだけだという事実が証明している。

 北海道同様、新潟でも毎年、サケの発眼卵(受精卵)の埋設放流が行われている。埋設

することで、確実に生き延びるようにするわけだが、そのサケが3〜4年後には帰ってく

るのだという。

「新潟水辺の会」の取り組みについて、顧問の大熊孝・新潟大学名誉教授は「明治以降、

自然は管理して利用するという国家の自然観が広まった。高度経済成長で徹底され、水辺

は生活から遠いものになった」と強調している。

 西洋的・キリスト教的解釈が日本の国にも大きな影響を及ぼしているわけである。

 そんな国家の自然観に対して、大熊氏は「民衆の自然観がある」と語っている。彼自身

それを強く意識したのが1992年公開のドキュメント映画「阿賀に生きる」での体験だ

ったようだ。

「映画で元船頭が阿賀野川に吹く風を何種類にも分け、舟の運行や生活に役立てていまし

た。庶民こそ、繊細で高度な自然観を持っている」と説明。「それに対して、私が大学で

習った土木工学では、川を単なる水路としてしか捉えていません。これが国家の自然観の

実態です」と訴えている。



 ミミズの視点を忘れた近代科学

 糞虫の実態を知って、かつて科学が失っている視点に関して、ミミズの立場から批判し

た科学者がいたことを思い出した。

 近代科学の在り方に関して、鋭い批判を放ったのが、高校教師にして理学博士の延原肇

氏(1920〜84)である。1994年に出版された『全面教育学入門(渡世法体得と

いう教育本質観)』(明治図書)の中で、庄司和晃氏(大東文化大文学部教授)が紹介し

ている。

 おそらく延原肇といっても、ほとんど誰も知らないはずだが、彼は現代教育の現場に立

つ生態学者として、科学の本質について、鋭い批判を展開している。

 つまり、近代科学が対象とする生き物の苦痛を考えず、例えばT字管に無理やり押し込

んで、その反応を見たり、すり潰して特定の成分を抽出するといった、いわゆる拷問式実

験方法を痛烈に批判したのだ。

 彼の死後、同学の岩田好宏氏が「科学協ニュース」に追悼文を書いている。

 以下、庄司氏の本からの引用である。

 延原さんが発した名言の中で最も有名なのは“ミミズの身になってミミズを見る”とい

うものです。つまり、世界を生物を主体としてとらえるという「主体−環境系」論の真髄

がここで具体化されています。私は、これを生物を見ていく上でのもっとも基本的な視点

だと思っています。

「ミミズの身になって」というのは、糞虫の身になってということと同じ話である。

 われわれ人間が、ミミズに恥じない、糞虫に恥じない生き方をしているかと、胸に手を

当てて考えれば、答えはNOである。YESと言える人物は、人間本位の科学、生き方を

盲目的に信じる、つまりは想像力を持たない、本来の人とは呼べない存在である。

 しかし、21世紀の今日、科学同様、前近代的な、大植民地時代ないしは奴隷制時代な

ら許されたであろう方法で、ロシア・ウクライナ戦争をはじめ、世界各地で相変わらずの

戦争が展開されている。

 終戦後75年以上、戦争のない平和な日本からは信じられないことだが、自然の前に謙

虚ではない現代人はミミズや糞虫に学ぶ必要がある。残念ながら、世界の平和がほど遠い

理由の一つである。




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