top of page

「和の世界企業」二宮尊徳の「推譲」から学んだビジネスの知恵   “静脈産業”を展開する「会宝産業株式会社」(近藤典彦会長)を訪ねる


 「和の世界企業」二宮尊徳の「推譲」から学んだビジネスの知恵
  “静脈産業”を展開する「会宝産業株式会社」(近藤典彦会長)を訪ねる


 遅れた日本の中古車販売業界

 意外なところで、中古車業界が話題になっている。

「クルマを売るならビッグモーター」と、派手なテレビCMを流して「買い取り台数、6

年連続日本一」というビッグモーターが、保険金不正請求問題で、すっかりワイドショー

ネタになっていた。

 何しろ、やっていたことが、あまりにお粗末であった。「@(アット)」という隠語を

使って、厳しいノルマを達成するため、保険金額を水増し請求するため、車体にドライバ

ーでキズをつけたとか、靴下にゴルフボールを入れてボンネットを凹ませたとか、現場で

行われていた無茶苦茶な違法行為が、とうとう社会問題になったわけである。

 お客の知らないところで行われていた同社の呆れた商法が明らかになり、7月25日に

行われた記者会見で、兼重宏行社長が辞任を発表するなど、波紋は広がるばかりである。

「いまどき、こんなことが行われていたの?」と呆れる話だが、同業者にはとんだ災難で

ある。

 特に、中古車業界でもいわゆる中古車買い取り・自動車解体業として、限りある産業資

源を再生・循環させるためのリサイクルシステムKRA(会宝リサイクルアライアンス)

を構築。「静脈産業」の担い手として、次代の中古車・自動車解体業の在り方を先取りし

てきた「会宝産業株式会社」(近藤典彦会長)にとっては、実に迷惑な事件であろう。




 宝に会える会社

 石川県金沢市の「会宝産業」は、2022年7月「日本創造学会」見学ツアーに参加し

た際に「ウエルネス@タイムス」でレポート(第10号)している。

 改めて紹介すると、近藤会長は1947年2月に石川県金沢市に生まれた。父親は味噌

麹業、母親は洋品雑貨店を営んでいた。末っ子の長男として大事に育てられたというが、

大学には行かず、東京の親戚が経営していた自動車修理会社で、3年間、見習い生活を送

った。

 仕事は社長の靴磨きとトイレの掃除など。自動車の解体の仕事を手伝って、将来、クル

マの後始末が重要になると確信、今日の会宝産業へと至る。

 1969年、22歳で帰郷。父親から家業を継ぐように言われたが、自分の留守の間、

家業を守ってきた番頭さんに家業を譲って、有限会社「近藤自動車商会」を設立した。

 会宝産業の歴史を振り返るとき、多くの日本企業同様、近藤会長も当然ながら「もっと

儲けよう、もっと会社を大きくしようと」という思いに取りつかれていた。

 そんな利益至上主義からの転換を図ったのは、30代半ば、浄土真宗真実派専修寺の故

・大澤信一師との出会いからである。

 大澤氏の助言により、1992年に社名を「会宝産業株式会社」に変更。文字通り「宝

に会える会社」にしたいとの願いが込められている。

 そして、近藤会長の個人的なできごととして、2001年に初孫が誕生した。同社を環

境保全に向けた事業転換=静脈産業へと経営方針を決意させたのは、近藤会長の腕の中で

無邪気に笑うひとつの命だった。

 この子たちが安心して暮らしていけるような地球環境を残すことが、自分たちの使命だ

というわけである。



 静脈産業の先駆け

「EVERYTHING IS TREASURE」(全ては宝)と書かれた会宝産業の

会社案内には「すべてが、わたしたちの宝です」と書かれている。

 美辞麗句を言葉にするのは簡単だが、会宝産業としてスタートした同社のその後の30

年は、明らかにそれまでの中古車解体・リサイクル業とは異なる。

 これまでの同社の歩みは、自然から採取した資源を用いる諸産業を、動物の循環系にな

ぞらえた動脈産業全盛の時代には欠けていた、静脈産業の役割と必要性を時代に先駆けて

構築し、チャレンジを続けてきた軌跡であった。

 静脈産業とは、多くの産業が排出した不要物や使い捨てられた製品を集めて、それを社

会や自然の物質循環過程に再投入するための事業を行う産業のことだ。

 会宝産業が取り扱う自動車産業の場合、大量の自動車を生産する「動脈産業」の出口に

は、大量に排出・廃棄される不要品がある。それらを回収・解体し再利用・再資源化し、

適正に処分するのが「静脈産業」の役割である。

 腎臓は「第二の心臓」と言われている。心臓が止まれば、それは死を意味する。その心

臓同様に、重要な臓器と見なされているのが腎臓である。

 その役割は心臓がきれいで酸素の豊富な血液を身体全体に送るのに対して、腎臓は汚れ

た老廃物の混ざった血液を浄化する。リサイクルに不可欠の要素である。

 日本のお家芸である「モッタイナイ」は2004年のノーベル平和賞を受賞したアメリ

カ・ケニアの環境保護活動家のワンガリ・マータイさんが用いて、世界共通語になった。

その「モッタイナイ」という考え方を、そのまま生かしたリサイクル、あるいは今日の世

界の流れとなっている「SDGs」を先取りし、解体業からリサイクル業へと、地球規模

の循環型社会の確立を目指したのが、会宝産業の歩みである。

 そうした静脈産業の重要性を象徴するのが、会宝産業の人材(人財)並びに工場に積み

上げられた中古部品など、都市鉱山の山である。




 二宮尊徳の「推譲」の法則

 近藤会長が今日の成功を手にする原点となる経営の極意を知ったのは、その昔、母親か

ら教えられた何気ない日常の光景からである。

 それが「たらいの法則」であった。たらいの泡を一生懸命、手前に集めようとしても、

泡は遠ざかるばかりである。

 そうではなく、逆に向こう側に送ることで、泡はこちらにもどってくる。二宮尊徳がい

う推譲の法則である。

 それは、仏教の教えにもある「三尺三寸の箸」の例えに通じる。約1メートルの箸を地

獄では、自分だけで何とか欲しいものを得ようとして、何も得られないのに対して、極楽

では相手に取ってあげることで、自分も相手から欲しいものを得る。利他の心で相手を儲

けさせることによって、自分も儲かるようになっている。

 それを商売に当てはめれば「オレがオレが」と、一人儲けるのではなく、相手に譲るこ

とによって、お互いがうまく行く。

 同社の会社案内には、二宮尊徳の「報徳経営」につながる商売の極意が、いろんな形で

表現されている。

「自分だけがよければいい、という考え方は、もう、古い」

「会宝産業は循環型社会の実現を目的にする会社です。資源を循環させることで、美しい

地球を残す。そして世界を平和にする」

 そんな会宝産業の特徴は、会社を訪れれば、すぐにわかる。

「あいさつ日本一」を目指して「いらっしゃいませ」「こんにちは」等々、心のこもった

あいさつがコミュニケーションの基本になっている。

 そして「きれいな工場世界一」を目指して、自動車解体業の「キタナイ、キツイ、キケ

ン」の3Kのイメージを一新する、ゴミ一つないピカピカの工場を実現している。



 相手を儲けさせるアライアンス

 静脈産業の第一人者として、近藤会長が創業当時から取り組んできたのが、自動車解体

業、リサイクル業のイメージアップである。

 全世界約90カ国と取り引きを行っている同社の工場には、世界中に輸出される部品が

山と積まれている。

 もともと日本には車検制度があり、モノを大切に扱う国民性もあって、日本のクルマの

部品は中古品でも、高品質で世界中から引っ張りだこである。

 会宝産業では、自動車リサイクル法が成立した翌年の2003年、RUMアライアンス

を設立した。RUMとはリユース・モータリゼーションの略で、2004年から内閣府認

証の特定非営利活動法人(NPO法人)として活動している。

 アライアンスの目的は「環境ビジネスとしての社会貢献」であり、テーマは事業者間の

連携による「競争から協調へ」というものだ。

 加盟各社はそれぞれの持ち味を生かし、静脈産業のビジネスモデル構築を目指して活動

を続けてきた。その活動は海外へも広がっている。

 RUMアライアンスが、あくまで非営利の活動であるのに対して、ビジネスの現場にお

けるアライアンスを効果的に支えるネットワーク・システムとして構築されたのが、20

05年にスタートしたKRAシステムである。

「アライアンスというのは、相手をいかに儲けさせるかというシステムなんです。儲けさ

せる、喜ばせることによって、ウチは8%の手数料を得る」

 そう語る近藤会長の言葉こそが、成功の秘訣である。

 とはいえ、現在、KRAシステムに加盟している自動車リサイクル業者は、全国に約3

300社あるうちの100社に満たない。

「要は、年間300万台の中古車が市場に出てくる。そのうちの半分150万台のクルマ

を、そのアライアンスでやりたい。それが実現すると、影響力が出てくる。われわれの主

張してきたことで、業界が変わるきっかけになる」と、近藤会長は今後に期待する。

 大手企業との提携・協力

 アライアンスは当然ながら、一社ではできない。そのアライアンスに、大手企業が興味

を示しているのが、近年の会宝産業を巡る変化である。

 近藤会長は「面白い話がいっぱいある」と言って、その一例として損保ジャパンの子会

社「SOMPOオークス」との資本業務提携契約を取り上げた。大手損保会社としても、

自動車関連部品のリユース・リサイクルのグローバル市場への展開を模索しているからで

ある。


 解体に回される中古車の処理、部品の再利用が問題になっているためだが、実際には現

場はあまりに複雑で特殊である。特に、海外での展開は、会宝産業の独壇場である。

 そのため、会宝産業のアライアンス「KRAシステム」を、共同で展開していくことに

よって、海外におけるリサイクル市場をまとめていきたいというわけである。

 相手は大企業である。話がまとまったのも、会宝産業のリサイクル事業に関する理念を

相手企業が理解し、尊重しようとしたためである。

 もう一つが、三井物産の鉄鋼本部長が訪ねてきたことである。

 日本企業も、これまでのように、資源を掘り出して、後始末は二の次に環境に負荷を与

える、そんな時代ではない。このまま自然環境が失われていく中で、われわれの子どもた

ち、子孫はどうするのか。

 そうした共通の認識の上に、何ができるのか。お互い協力できる点は少なくない。

 リサイクル業界はいわゆる汚い仕事がメインであり、日本の少子高齢化の中で、人手不

足が深刻になっていく。リサイクル業界における人手不足をいかに解消するか。

 すでに、近藤会長は業務のロボット化を進める必要があるとして、社員にはロボットの

研究・調査を指示してきたという。



 その背景には、近藤会長の「自分は50年間、この仕事をやっている。やっていること

は、50年前と何も変わらん。クルマを横にして、部品を取っている。プレス機械など、

当初はなかった機材もあるが、やっていることは一緒だ」と語る業界の在り方と、人不足

等、将来の課題があるためだ。

 三井物産でも日本の産業界のロボット化を考えていたということで、すでにロボット専

門の大学教授を交えた話し合いが始まっている。

 同時に「会宝産業のもう一つの事業・農業分野もロボット化したい」と夢は広がる。

 日本の食料自給率は約38%でしかない。ロシア・ウクライナ戦争により、世界のエネ

ルギー・資源の高騰による影響が日本にも及んでいる。

 背景には、食糧メジャーによるF1種、化学肥料・農薬万能の農業といった現実があり、

一企業としても取り組むべき課題は少なくない。ロボット化は、解体業・リサイクル市場

同様、人手不足が深刻な農業の現場における、今後の課題だからである。



 循環産業構築への挑戦は続く

「儲けるから儲かるへ」がテーマとなった第一創業期(1969~1991)。

 自動車解体業からリサイクル業へ「会宝産業」の誕生という第二創業期(1992~2

000)。

 自動車リサイクル業として、近未来の会社のあるべき姿を考えるための「KAIHO2

030」プロジェクトが始動した静脈産業確立期(2001~2010)。

「真のグローバル企業へ」の道を行くグローバル促進期(2011~2014)。

 そして、現在の第三創業期が2015年から始まった。

 2015年4月、近藤会長の長男・近藤高行氏が事業を継承。新社長として、循環産業

構築への挑戦をスタートさせた。

 新社長として、近藤会長とは異なる新たな企業像を目指して「数字を上げる」ことを優

先するという、いわば若気の至り、気負いすぎから、社長就任2年目に20数年ぶりの赤

字を出すといった苦難を経て、結局、会宝産業の原点に立ち返り、無事V字回復を遂げ、

2018年12月には、第21回「ジャパンSDGsアワード」外務大臣賞を受賞した。

 近藤高行社長の時代になって、改めてクローズアップされているのが、一つは自動車リ

サイクル業者として初めての株式上場である。

 そのつもりになれば、上場は可能であるはずだが、そこにどれだけの意義と価値がある

のか。あとは、社長以下、後を託された人たちが、考えることだと語る。

 もう一つが、手狭になっている現工場に替わる新工場の建設である。こちらは近藤会長

がやり残した仕事でもある。

 新工場建設は本業にプラスして農業分野にも力を入れるきっかけにもなる。どのような

施設をつくるのか。その内容に関しては「いわば行政が応援したくなるものをつくればい

い」と語る。

 具体的には新工場では、地産地消、地域活性化のため、エネルギーも自給自足を原則と

する。

 大学と提携した研究機関「静脈産業研究センター」をつくる必要もある。業界を超えた

日本並びに世界経済を考える上で、早急に取り組むべき課題だからである。

 その昔、江戸は世界一の人口を誇る都市であると同時に、世界一のリサイクル都市であ

った。モッタイナイ精神だけではなく、日本ではゴミ箱は「護美箱」と書かれていたよう

に、徹底的に美を護る伝統・文化とともにあった。

 18世紀の世界で、江戸の町を流れる隅田川には白魚が棲むのに対して、英国のテムズ

河は糞尿が流れてくると言われた。

 着物、鉄くず等、あらゆるものがリサイクルされ、江戸の町では糞尿さえが畑の肥やし

として売り物になった。

 江戸時代のリサイクルシステムは、明治の文明開化とともに少しずつ消えていったが、

リサイクル先進国日本の伝統・DNAを引き継ぐのが、日本のリサイクル業である。

 和のビジネスモデルである会宝産業の「アライアンス」が、世界へと波及する日が期待

される。


閲覧数:56回0件のコメント

Kommentare


bottom of page