「社会価値経営」が注目される時代が到来した!?
製薬業界の異端児「前田薬品工業」(富山)の前田大介社長他
ソーシャルは儲からない?
2024年4月19日、「日本外国特派員協会」で開催された一般社団法人「企業価値協会」(武井則夫代表理事)主催の「社会価値経営」フォーラムに行ってきた。
毎年定期的に開催されてきた同協会のイベントは、新型コロナ騒動で、一時中断していたが、その後、装いを新たに「社会価値経営」を打ち出して、企業の本来在るべき姿、企業価値の在り方をクローズアップしている。
今回は前年、秋に続くフォーラムの第2回目である。
冒頭の武井則夫代表理事のあいさつが、同フォーラムの現在地を明確に表している。
「ソーシャル(社会価値)は儲からない」と、長年言われ続けてきたが「そんなことはない」という強気の発言は嘘ではない。
前回、登場した富山県高岡市の「能作」、埼玉県三芳町の「石坂産業」は、ともに女性社長であったが、伝統産業を現代に蘇らせて、地域活性化を実現している他、危険で汚い迷惑施設と言われたリサイクル産業を地域創造の拠点に変えて、儲けも十分に得ながら社員とともに地域に還元している。
社会課題の解決が、地域社会に対する貢献につながり、そこから利益も得られる。要は事業として成り立つという、いわばビジネスモデルができてきている。
今回のフォーラムのパネルディスカッションに登場してきた2社も、同様である。
武井代表理事の他、来賓の発言は「社会価値経営」が受け入れられつつある、その意味ではようやく時代が追いついて来ていることを、よく伝えるものとなっている。
来賓の内閣官房・内閣審議官の佐々木啓介氏(元中小企業庁経営支援部長)、「日本商工会議所・東京会議所」専務理事の石田徹氏、独立行政法人「中小企業基盤整備機構」関東本部・企業支援部長の瀬崎恭弘氏並びに、同協会の立ち上げから関わってきた協会顧問である元経済産業省・事務次官の望月晴文氏の発言に共通する印象は、日本経済を底辺で支える中小企業の価値を認めているとともに「社会価値経営フォーラム」イベントに対する温かい視線である。
同フォーラムが他の企業イベントと異なるのも、頑張っている中小企業を支援するとともに、一緒に応援したい、そんな関係者が集まってきているとの印象があるためだ。
製薬会社のビジネス
「社会価値経営」を考える際に、製薬企業は実に象徴的な存在である。
どこまで当事者が意識しているかはさておき、製薬産業の渦中にあって、前田薬品工業の前田大介社長が語る内容は、実に近年のビジネスの本質と矛盾をついている。
富山県は「くすりの都」と言われる。事実、全国に320社ある医薬品メーカーの78社が富山県にある。富山県の医薬品の売上高は日本4位だが、医薬品生産金額、医薬品製造所数、医薬品従業員数は、いずれも日本一である。
そんな富山の医薬品業界にあって、前田薬品工業はいわゆる塗る、貼る薬など外用薬を主力に、新会社「Healthian-wood」(ヘルジアン・ウッド)の美と健康のビレッジ関連事業を展開してきた。いわゆる医薬品はメインではなく、いまはニッチでも次世代の医薬分野に取り組んでいる。
それは、もともと教育者になりたかったという彼が、父親の跡を継ぐ立場に置かれて、前田薬品工業に就職を余儀なくされた結果である。
そして、入社4年後の2013年9月、大手医薬品メーカーから受託製造していた医薬品データの改ざんが発覚した。あまりの影響の大きさに、倒産の危機に瀕する中、父親に代わって3代目社長に就任した前田大介社長は、従業員が大量に辞めていく中で、取引先、関係筋に説明とお詫びに回った、いわば人生のどん底で、ハーブに出会う。
ハーブは外国では普通に医療分野で使われていて、カゼなどはハーブで治すように、医薬品あるいはサプリメントと同様の使い方をされている。
過酷な日々に体調を崩した際に、投与された治療用医薬品が効かない中で、彼はハーブに助けられたのだという。
そのハーブは日本語にすれば「薬草」である。いわば、それが富山の薬の原点だと知って、いわゆる製薬会社とは異なる道を模索。今日の医薬業界にあって、注目される一社になっているわけである。
彼は健康にうるさい母親から「ポテトチップスとコーラ」は禁止という家庭環境で育った。その母親への感謝を語るのも、育った環境が自分を健康にしたとの自覚があるためである。そうした環境と体験があるからこそ、冷静に医薬品業界の在り方を見ることができるのだろう。
2022年度の日本の国家予算の一般会計歳出額は107兆5964億円である。うち医療費が36兆2735億円と、国家予算のおよそ3分の1を占める。長年、当たり前のこととして受け止められているようだが、常識的に考えれば明らかにおかしい。
そこには製薬企業も病院も医者などの医療従事者にとって、病人がお客様であり、いわば病人が増えれば増えるほど儲かる。そんなビジネスの在り方からは「なるほど」と思えるようにも思うが、親方日の丸のふところ具合を頼りに国民の税金の3分の1も使っていいはずがない。
「病気を治す。病人を減らして、健康な暮らしを実現する」という本来の医療の原点からは、ほど遠いのが日本の医療の実態である。病気と病人が、製薬業界のビジネスパートナーだというのが、現代医療の本質とはいえ、国家が破綻しては元も子もない。
「クスリ嫌い」を明言する前田社長が、ジェリックス等、一般医薬品製造を止めて、ニッチな得意分野を手がけながら、目立たない形で快進撃を続けるのも、医療業界の将来のニーズを先取りしているからこそなのである。
富山県の成長戦略
企業経営者として、地獄を見る中で、なお正直であること、逃げないこと、ブレないこと、つまりは人としての原理・原則に従うことを貫いたことが、結局はその後のV字回復につながる。言葉にするのは簡単だが、データ改ざんは、過剰な受注から無理が生じたことと社内の風通しが悪かったことが最悪の事態をもたらしたということだ。そうした過ちは改めるしかない。
風通しのいい会社にするために、マイナスからスタートを余儀なくされた。その後の経緯は省略するが、今日、前田薬品工業には明るい未来しかない。
「今後10年、20年後、日本でも7割の病人が医療を受けられない医療難民の時代が来る」という前田社長は、人生100年時代の健康寿命に着目する。
次の50年、100年企業への事業構想として、治療のためのものづくり企業から、健康寿命延伸のコンテンツ創造企業への転換を掲げて、2017年、オリジナルのアロマブランドを立ち上げ、2020年3月には、立山連峰を望む水田の地に美と健康の施設「ヘルジアン・ウッド」をオープンした。
レストラン、スパ、アロマ工房、サウナホテル、アウトドア施設、イベントスペースなど。イベント広場の建物は建築家・隈研吾氏が設計している。
休耕田・空き家・廃校が点在する限界集落での空き家、古民家再生も進める。
「幸せ人口1000万人を目指そう」というのが、富山県のメッセージである。
その富山で「ヘルジアン・ウッドを通じて富山を好きになり、定期的に旅行に来る。多拠点生活・移住をする。この村の幸せ人口を2040年に10万人に」を目標にする。
食・サウナ・スパ・学び・農をキーワードに時間資産と体験価値、モノからコトへとい
う時代の流れを取り入れながら、具体的にはメディテーションツーリズム、スタディツー
リズム、チームビルディングツーリズム、アグリツーリズム、ウエルネスツーリズムなど
によって、健康寿命に着目した活動を展開する。
いまになってみれば、向かうところ敵なし。あるとすれば、不安要素は慢心・油断ぐら
いなものである。
60周年記念パーティ
マツダの城下町と言われる広島は、自動車が地場産業である。その広島で、めっき加工業の新和金属株式会社(新谷浩之社長)は、2019年6月の60周年を契機に、ただのモノづくりからの転換を図り「FACTORYからWACTORY」をスローガンに、新たな取り組みをスタートさせた。
「新谷金属」の社名は創業者・新谷芳行氏の「新」に、みんな仲良く「和」を大切にして
との思いから「新和金属」になったという。
創業者の妻・綾子が年齢・性別・障害の有無に関係なく、従業員の生活の面倒も見ながら会社を支えてきたという背景もある。
創業者は次々と投資をして、事業を成長させる一方、経営理念に「働きがいのある職場づくりと社員の幸福を目指して、表面処理技術を通じて社会に貢献する」ことをかかげてきた。
2012年9月に3代目社長に就任した新谷社長は、60周年記念に際して、スローガン、コーポレートカラー、新ユニフォーム、14の取り組み発表、社内報をスタートさせている。
ワクトリーとは、何か?
「和」年齢や立場等関係なく意見がいえる雰囲気づくり。
「枠を取り除く」偏見で人を判断せず、多様性を認める。適材適所で能力を発揮できる環境づくり。
「ワクワク」ワクワクする会社づくりという3つの意味がある。
ちなみに、14の取り組みとは、持続可能な開発目標である17の目標を、コミュニケーション、健康経営、ダイバーシティ、人材育成、社会貢献、地域貢献など14項目にまとめたものだ。
2022年4月には就労移行支援事務所「すみっこテラス」を立ち上げた。
労働人口減少の中での障害者雇用の推進と障害者雇用のイメージを変えるための取り組みとして、かわいそうだからではなくて、障害者雇用をすることで、企業にいい影響を与えるという前向きな考えに変えていくことを目的にしているという。
2023年6月にはWACTORYホールディングスを設立。従来の工場の枠を超えた「ワクトリー」企画から生まれた「地域お助け隊」、野菜作りからお米作り、フットサル大会、WACTORYマルシェなどの他、コミュニティスペースを活用した子育支援、手をつなぐ親の会との交流など、工場で働く人の満足度を上げること。得意・可能性をサポートするといった形で、まさに枠を超えたワーケーションの場となっている。
2030年のKGI、目指すべき目標として、社員が今の仕事のやりがいと次の10年の成長可能性への期待と予感。働くことの幸せとワクワクを感じられるグローカルカンパニーを目指す。
「和」を大切に、枠を取り除き、ワクワクする会社作りを掲げる新和金属の今後の展開が期待される。
フォーラムの最後は、無料ご招待のメディアを交えての恒例の懇親会である。興味深いのは他のホテルでの似たようなイベントとは異なり、食事とお酒を目当てのメディア関係者が少ないように思ったら、いつもは目立つ日経関係者が一人もいないという意外な事実に気がついた。
そんな社会価値経営フォーラムの次回の登壇者が誰になるのかが、いまから楽しみである。
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