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「聖書と経営」を実践した「ライオン」創業者・小林富次郎とは? 創業から100数十年後のライオン本社を訪ねる フォトギャラリー 


 「聖書と経営」を実践した「ライオン」創業者・小林富次郎とは?

 創業から100数十年後のライオン本社を訪ねる フォトギャラリー 



 価値観は人それぞれ。猫に小判、馬の耳に念仏ということわざの通りです。

 歯磨き・洗剤・目薬等の企業「ライオン」を知らない日本人は、ほとんどいないと思い

ますが、創業者の小林富次郎氏について、知る人は少ないのではないでしょうか。

 筆者にしても、創業者について初めて耳にしたのは学生時代。クラブの同期の一人が就

職したのが同社だったためです。萩原朔太郎に影響を与えた詩人・大手拓次が勤務してい

たのもライオン歯磨き広告部です。



 田村セツコさん(イラストレーター)が、栃木に疎開していたころ、よく遊びに行って

いたのが「西方村小学校」の裏手にあった「ライオン池」です。彼女の疑問は、どっちが

頭でどっちが尾っぽなのかということでしたが、後に、昔を知る同級生に尋ねたところ、

「あれは形ではなくて、ライオン(事務所があったらしい)の池だからよ。勘違いにも程

がある」と、呆れられたと話していました。

 何かと気になっていたライオンですが、価値を知らないのは、創業者が「ふるさと」と

語っている新潟県も似たようなものです。

 例えば、新潟県出身の著名人を紹介した『新潟県が生んだ100人』(ふるさと人物小

事典)などには、小林富次郎の名前はありません。

 そんな創業者が新潟県と縁の深い人物だと知ったのは、ごく最近です。小松隆二著『新

潟が生んだ七人の思想家たち』(論創社)の中に、相馬御風、小川未明、大杉栄らととも

に取り上げられていたためです。


 小林富次郎は1825年(嘉永5年)に、酒造業を営む小林家の4男として、埼玉県与

野町(現在のさいたま市)に生まれました。4歳のときに、柿崎・直海浜に住む祖父母に

預けられ、16歳まで育ちました。小林が「ふるさと」と称する由縁です。

 その後、生家にもどり、家業を手伝い、やがて石鹸、マッチの軸木などいくつもの事業

を展開し、何度も窮地に陥る中、1891年(明治24年)「小林富次郎商店」を開店。

2年後に石鹸製造販売、5年後に歯磨き粉の製造販売を始めて、大成功を収めます。

 その経営の原点には、キリスト教との出会いによる社会奉仕活動があります。

「論語と算盤」は新しく一万円札の肖像になる日本資本主義の父と言われる渋沢栄一翁で

すが、クリスチャンの小林富次郎は「算盤の聖者」あるいは「聖書を抱えた経営者」など

と称された稀有な事業家です。


 高度成長期に日本的経営が脚光を浴びていましたが、その良さをすべて明治期から実践

してきたのが、ライオン創業者です。

 歯磨きの米国輸出も、近年流行ったメセナ(慈善事業)も、近江商人の三方よしも、み

んな明治期に実践しています。そんな典型的な例が「慈善券付きライオン歯磨」の発売で

す。マーケティング的には、ベルマークのようなものでしょうか。

 広告王と称された小林富次郎はなかなかのアイデアマンで、日本初のCMソング、大相

撲無料招待キャンペーンの実施など、様々なことを通して「広告は商品を育てる肥料であ

る」ことを実践。今日のライオンの親しみやすさとともに、事業を通して社会に奉仕する

同社の社会貢献活動の基礎を築いています。

「愛の先進の実践」は今日に至る同社のDNAとなっているということです。

 とても、その全貌を記す余裕がないのが、残念です。



 掲載写真について

 ライオン本社ロビーには、創業者を紹介するコーナーが設けられています。

 創業者の功績を伝える加藤直士著『小林富次郎伝』、歯磨きの歴史等文化的研究成果を

集めた著作集『よわひ草』。

 海老名弾正牧師が再建した弓町本郷教会。「ライオンの小林富次郎が転会したことで、

教勢は上昇した」とウィキペディアに書いてあります。

 1900年(明治43年)12月、多くの人が見送る葬列を収めた映画フィルムは、2

011年、国の重要文化財になっています。その盛大な葬儀が行われた神田美土代町にあ

った東京基督教青年会館も、今は住友不動産の「ベルサール神田」になっています。

 地元・柿崎の光徳寺には死の前年、建立された「堅忍遺慶の碑」があります。「堅忍遺

慶」とは耐え忍んだ、その後に慶(よろこ)びが遺(のこ)るとの意味で、創業者の人生

を象徴する言葉ということのようです。

 なお、ライオン広報部(コーポレートコミュニケーションセンター)に取り合わせたと

ころ、ライオン池の存在、並びに創業者がどこに埋葬されたかに関しては「把握していな

い」とのこと。意外な回答です。

 小林家の菩提寺である光徳寺にある先祖の墓には、創業者の遺骨は埋葬されていないと

のことですが、住職の話では毎年、ライオン幹部がお墓参りにやって来るそうです。

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