あなたは「債権回収会社」って知ってます? 無名ジャーナリストの戦い
借金の取り立ての恐怖と「差し押さえ」について

家中に赤い紙が貼られて
先日、自宅の郵便ポストに「重要なお知らせ」と赤に白抜き文字が目立つ広告チラシが入っていた。
「35歳以上の方はお電話下さい。消費者金融 無人ATM クレジットカードを一度でも利用した方々を探しています」「返金額をお知らせしますので、確認窓口へ至急お電話下さい」と書いてある。
また、過払い金訴訟の弁護士事務所の広告かと思って見たら、何と「司法書士事務所」のチラシであった。最近は弁護士だけでなく、司法書士までが過払い金対応をビジネスにしているんだと、再確認した。
これも親切心から来る重要なお知らせではあっても、要はカードを使って、ローン・借金漬けになる人たちを相手にした金融ビジネスの一環ということか。
何でもビジネスになるものだが、どぎつい赤い封筒の中身を確かめることなく、放置しているとどうなるか。
赤紙をペタペタ貼られる「差し押さえ」など、いまでは時代錯誤だが、久しぶりに『日本経済新聞』(2025年2月3日)の「私の履歴書」で漫画家の一条ゆかり氏が書いている。
「一変した生活」の回の中で、彼女の誕生前後に、一家が差し押さえにあい、彼女だけ姉らとは異なる「おしん」な日々を余儀なくされたという。以下のような具合である。
「私が生まれて2カ月後に『家中に赤い紙が貼られていた』と10歳上の長姉、泰子は記憶している。借金で財産が差し押さえられていたのだろう」。
もともとは資産家の生まれだったのだが、世間知らずの父親が例によって、借金の保証人になったせいである。「お人よしのボンボンで、いつも人にたかられていた」とか。
まあ、だますよりはだまされるほうが、気は楽である。
問題は保証人制度が、金融資本などに余りに都合良くできていることだろう。持てるものの強みというか、ベニスの商人同様、担保とは名ばかり、借金が払えなくなれば担保を取られた上で、なお足りない分がそのまま借金として残る。借りた側は担保を取られた後も、なお借金に追いかけ回される。
しかも、滞納金が重なれば、担保などはなかったと同じ、元の木阿弥となる。
その後も滞納が続くような破産状態の、いわゆる不良債権は、各金融機関から転売される形で、最後は債権回収会社(サービサー)に譲渡されていく。
債権回収会社からの督促状など、ごく世間並みの暮らしをしてくれば、基本的に縁がないはずだが、モノは試しに実験してみた、というのは嘘だが、追いかけられ裁判沙汰ともなれば、ジャーナリストとしては得難い経験である。
というのも、銀行やクレジット会社から滞納金支払いの督促状が届いても、基本的に彼らは家に押しかけたり、脅したりといったアウトローなことはしない。それは税金等の滞納に関するお役所の対応も、同様である。
警告を無視していると、弁護士を通じて、スマート(?)に自宅等の資産を差し押さえて、ある日、突然、通帳の残額がゼロになっていて、驚くことになる。

「債権回収会社」って知ってます?
当たり前だが、強引なのは商工ローン会社、債権回収会社である。
赤い封筒を無視していると、忘れたころに、また督促状が届く。時効にならないように
ということか、年に一度は必ず督促状が送られてくる。
行政とちがって、使用している銀行口座がわからないため、弁護士を通じて裁判所に銀行口座の差し押さえを申請して、例えばゆうちょ銀行、地元の銀行など、筆者の口座を差し押さえようとするのだが、支店名が当てずっぽうのため、差し押さえられることはなかった。
もちろん、電話がかかってくる。「契約書にサインをしているのだから、約束通り支払ってもらわないと困ります」と、契約書をタテに恐喝めいたことから、ときには示談や残額の変更(値引き)といった泣き落としまで、内容は様々である。
連帯保証人制度は欧米などには見られないガラバコスなシステムである。しかも、もともと自分の借金ではないこともあり「担保はどうなったのか」とか「欧米には連帯保証人制度などない」とか、結局は「金銭的余裕がない」と応えていると、相手の電話の背後から、ザワザワした雰囲気の中にどなり声が聞こえてきたりする。
そこは社内のコールセンターのようで、各担当者があちこち借金取り立ての電話をかけまくっているわけである。
電話の向こうに、いかに多くのローン破綻者がいるのかが、よくわかる。
筆者の場合、家に押しかけられて、押し問答の結果「お前の誕生日をガタガタにしてやる!」と、捨てぜりふを残して去っていった過激な商工ローンもあった。
さすがに、立派な恐喝である。100番したところ「現行犯じゃないと対応できないので、次にそのようなことがあったときは、すぐに100当番してください」とのことであ
った。

借金取り立ての訪問通知書
返済される見込みがないと判断された不良債権は、銀行やクレジット会社などは担保を回収後、さっさと見切りをつけて、債権回収業者に譲渡する。不動産の転売同様、不良債権も次なる債権回収会社に転売されていく。
筆者の場合は、最終的に札幌の債権回収会社が最後の「ババ」を掴んだわけである。
裁判沙汰になる前には、わざわざ筆者の自宅にも押しかけてきた。そのときは不在だったため「訪問通知書」なる書類が届いたこともある。
後日、再び訪ねてきた担当者は、見た目は警察OBか、暴力団関係者のような風体で、
あくまでていねいな口調で「借金を払ってもらえないですか!」というのが、直接の用件だが、自宅など、その暮らしぶりを確認にきたのだろうか。
まさか居座るつもりはないのだろうが「本社の担当者に電話をしてもらわないと帰れない」というので電話を入れると、訪問が確認されて、すぐに引き上げていった。
家まで押しかけてくるのは、違法ではないとはいえ、一般市民には「赤紙」以上の効果のある恐喝のようなものだ。
大の大人が高い人件費と経費をかけて、割に合わないのではないかと思って「近くに支店か代理店があるんですか?」と聞いたところ、わざわざ本社から飛行機で来たというのだから、呆れたものである。
恐喝めいた督促も訪問も効果がないとわかり、財産の差し押さえもできないとなると、
さすがにしびれを切らしたように「最終的な法的手段を取る」との警告が届いた。この後は「裁判に訴えるしかない」というわけである。
「これが最後通牒です」との封筒や「示談を促す」電話など、いずれも無視していると、最終的に届いたのが、札幌簡易裁判所からの「特別送達」と書かれた封筒である。

バブル崩壊と世間の嫉妬?
借金にしろ何にしろ、一度ケチがつくと悪いほうに転がっていくようで、怖い商工ローンの対応などしていると、とても仕事にならない。
実際、連帯保証人になったことで、折からのバブル崩壊の結果、坂道を転がるようにローンや税金の延滞・滞納が始まっていった。
バブル経済は弾けて当然だが、当時の三重野康総裁の取った策は、経済の素人である筆
者から見ても「何で、突然お金の流れを止めるのかな」というものであった。「ハードランディングでは犠牲が大きいから、ソフトランディングで行くべきだろう」と。
だが、それはメディア並びに世間から三重野総裁が「平成の鬼平」と称賛され、おまけに中野孝次著『清貧の思想』がベストセラーになった時代のことである。世論を味方に、厳しい対応をした結果、失われた10年は20年、30年となり、いまなお日本経済は疲弊したままである。
どうして、そんなことになったのかは、専門家による多くの検証がなされているが、そこから抜け落ちているのが、持てる者=金持ちに対する世間の嫉妬と、メディアの人々の金銭的な貧しさという問題である。
バブルの恩恵は多くの人が受けているが、そこにも大企業と中小企業、金持ちと貧乏人など、立場による違いがある。
バブル期は株や投資で儲けた者、ローンを組んで別荘やセカンドハウスを手に入れた者と、株や投資には縁がなく、別荘もセカンドハウスなどもない人たちとが、それなりに豊かに暮らしていた時代である。
バブルが崩壊して、持たざる者たちは、さして失うものもなかった。同時に、大損をして借金まみれになったバブルの犠牲者たち、株や不動産等の資産を持っていた連中が困るのを見て「自業自得だ」と快哉を叫んでいたわけである。
そして、メディア人は基本的に左翼上がりが多く、大きな資産や不動産などには縁がないため、世間と一緒に「ざまあ見ろ!」と溜飲を下げるとともに「清貧の思想」を来るべき時代の指標とするのに、大いに力を発揮したわけである。
そのベースには、世間の嫉妬と資産を持っていないため、実感がないという事情もあったわけである。その結果、日本経済は死屍累々たる衰弱とデフレによる景気後退の波に飲み込まれたまま、いまなお立ち直れない状態にある。

法曹界の互助会システム?
筆者の借金に関する最初の裁判は、実は連帯保証とは別件の東京簡易裁判所でのことであった。
このときも、筆者は自分で上申書、答弁書などを書いていたが、裁判の展開を心配した親戚が弁護士を用意したことから、その人物がいわば相手側弁護士との間に入って、裁判が進められた。
結果、示談が成立するわけだが、そのときに思ったことは、法曹界にはその世界特有の仕組み、つまりは素人を排除して、独特の権力構造下、それぞれの権益を守るシステムがそれとなく共有されているという事実である。
払う必要のない求償金のため、筆者は最後まで戦うつもりでいたところ、弁護士同士で勝手に示談を進めて、裁判は一件落着となった。
まるでだまされた気分だが、確かに大した金額でもない求償金返還訴訟に長い時間をかけることなど、弁護士には時間の浪費である。そんなことより、適当なところで手を打って、終わりにしたほうが、お互い得策である。
実際に、この手の裁判は行ってみればわかるが、流れ作業的にほぼ5分刻みで「次」という形で進行していく。裁判所、弁護士、それぞれがサッサと示談にして終わりにしたいというのがホンネのようである。
そんな訴訟の在り方は、裁判官を含む弁護士同士による「互助会」システムのように見えてくる。素人を排除して、自分たちの利益を確保する。裁判官も退官後は弁護士になったり、企業等に天下ったりすることもある同じ業界の既得権益者同士であり、法曹界における互助会システムの一員というわけである。
そんな事情を知ったこともあり、債権回収会社との裁判では、すべて自分で相手側弁護士とのやりとりを行ったわけである。 (以下、次号)
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