フォトギャラリー 新潟奉行・川村修就の植えた「元気松」

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 フォトギャラリー 新潟奉行・川村修就の植えた「元気松」


 写真

1.松の墓場のような西海岸公園

2.高台に立つ川村修就の銅像

3.「元気松の植樹」の看板

4.薬剤散布のお知らせ



「新潟森林浴の森百選」の道標が立っている西海岸公園の松林には、様々な施設や記念碑

が立っている。そんな一つに初代新潟奉行・川村修就(ながたか)の銅像がある。

 高台に立つ銅像への登り口には「元気松の植樹」と書かれた看板も立っている。

 天保14年(1843年)初代新潟奉行に着任した川村は、砂防のため、この地に約3

万本の松を植えた。銅像の由来には、川村が天保15年8月15日、初めての松苗の植え

つけが終わった夜に、その感慨を詠んだという歌が刻まれている。

 うつし植えし二葉の松に秋の月 梢のかげはだれか仰がん

 川村がおよそ180年近く前に植えた松は、新潟砂丘に白砂青松の映える緑の豊かな砂

防林をつくった。

 その自慢の松も、近年、マツクイムシ被害による松枯れが拡大している。そこで、地元

のNPO法人「越後ふるさと再生会議」が、新潟の心象風景を守るため、マツクイムシ被

害に強い抵抗松、名づけて「元気松」の植樹を続けている。

 そして、毎年、夏前には公園のあちこちに「薬剤散布のお知らせとお願い」という立て

看板が立って、当日は立ち入らないようにと呼びかけている。

 環境破壊が悪いのか、マツクイムシが悪いのかを考えたとき、生態系を微妙に狂わせて

きたツケが意外な形で返ってきただけなので、場当たり的な対応が続くのは、コロナに限

ったことではない。



 掲載写真について

 高台に立つ川村修就の銅像の下には、まるで松の墓場のような光景が広がっている。

 無頼派で知られる昭和を代表する作家・坂口安吾の生誕地から歩いて、すぐの寄居浜へ

の入り口には「新潟森林浴の森百選」の標識が立っている。

 薬剤散布の時期には「公園の利用者」への注意を喚起する看板が立つ。

(次回は、新潟市にある「まじがもんできない」って?)





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