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世界の食を変えた玄米菜食「マクロビオティック」  「和」の世界企業 札幌の株式会社「玄米酵素」を訪ねる



 世界の食を変えた玄米菜食「マクロビオティック」
  「和」の世界企業 札幌の株式会社「玄米酵素」を訪ねる



 世界遺産「和食」ブーム

「和食」がユネスコ世界無形文化遺産に登録されたのは、いまから10年前の2013年

12月。日本人の伝統的な食文化が、健康のみならず、自然とのバランス、美的感覚、礼

儀作法を含め、幅広く評価されてのことである。

 寿司をはじめ、和牛、ラーメン、カツカレーなど、次から次へと日本の食が世界を席巻

している。日本にやってくる海外観光客の大半は、日本での食体験を絶賛している。

 世界的な和食ブームは、現在も続き、さらに拡散している。世界遺産への登録は、一つ

のきっかけでしかなかったことが、よくわかる。

 しかも、多くの日本人は知らないが、20世紀に最初に世界の食に影響を及ぼしたのは

一人の日本人だ。ジョージ・オーサワ名で知られるマクロビオティック指導者・桜沢如一

氏である。

 彼は、明治時代の食医・石塚左玄が提唱した「食養」(食は命なり)の考え方を継承。

戦前、ヨーロッパに渡り、東洋思想、武道などの日本文化とともに玄米菜食による健康法

に関する著書を著し、多くの弟子たちを育成した。

 パリの名誉市民となり、1962年には当時の週刊誌「ノワール・エ・ブラン(黒と白)」で、5週にわたり「フランスを救う日本人」とのタイトルで紹介されている。

 日本人の代表的な弟子の一人、アメリカ・ボストンを拠点にマクロビオティックを世界

に広めた久司道夫氏は、アメリカの食と健康に貢献したとして、ワシントンの国立スミソ

ニアン博物館の一角に、その活動を紹介する展示室ができている。

「食改善」で真の健康を届けることを基本理念にしている株式会社「玄米酵素」(鹿内正

孝社長)は、そんなマクロビオティックと同様、半世紀以上にわたり、日本の伝統食、玄

米食を拡げてきた代表的な企業なのである。



 食と健康に関する教育が仕事

「和」の世界企業としての「株式会社玄米酵素」を取材するため、2023年5月、札幌

本社の水野知光常務を訪ねた。

「玄米酵素」は繊維問屋のセールスマンをしていた岩崎輝明氏が、玄米酵素の研究開発者

・岡田悦次氏と出会って、1971年10月に創業した。

 当時の岩崎氏は、いわゆるトップセールスマンとして仕事も順調、若くして結婚してマ

イホームをを建てるなど、順風満帆であったが、その一方では慢性胃炎や痔など、身体の

不調に悩まされていた。

 家族も同様で、何とかしたいと思っていた彼は、ある知人から「食生活を変えなければ

健康は守れない」と諭され、それまでの西洋型の食生活から日本人に合う食生活、特に玄

米を薦められた。

 事実、少し調べれば、食事の大切さ、玄米食の良さもよく理解できるのだが、いざ実践

するとなると、どうしても食べづらいこともあって、長続きしない。

 そんなときに出会ったのが、玄米を食べやすくするため、玄米を酵素で発酵させること

に成功したとのニュースであった。それが、もともとエンジニアだった自然食研究家・岡

田悦次氏がつくった玄米酵素である。

 早速、その試作品を試してみたところ、胃腸の調子が良く、体調が改善したことから、

千葉の岡田氏を訪ねて行ったのが、1971年春。一緒に商品化することになった。

 岩崎氏の行動は早い。それまで勤めていた繊維問屋を、同年8月には退職。10月に玄

米酵素の販売をスタートさせた。

 創業当時は、全国的に公害が社会問題となり、無農薬・有機農業などが注目されていた

時代である。苦労はあっても、社業は順調だったようだ。

「創業者には独特の人を引きつけるカリスマ性、魅力があった」と語る水野常務は「創業

者はたとえ沖縄の離島でも、食改善の説明に来てほしいと声がかかれば無償で出かけてい

った」と、話していた。

 およそビジネスだけを考えたならばあり得ないことだが、創業者の思いとしては、商品

の玄米酵素はあくまで、玄米自然食を広めるための手段であり、そのための啓蒙活動、教

育が事業の目的なのである。

 今年52歳になる水野常務は、北海道大学農学部・大学院卒業後、大手食品メーカーに

就職が内定していたのだが、たまたま北大にほど近い「玄米酵素」を訪ねて、創業者の熱

い思いに打たれ、1997年に入社した。創業者から「商品を売ることが目的ではなく、

食改善を通じて日本を元気にすることが目的だから」と言われたのが、入社の決め手とな

った。



 ビジネスを超えた啓蒙活動

 水野常務も創業者や岡田氏同様、胃腸が弱く、いつも胃薬や整腸剤のお世話になってい

た。それが玄米酵素に出会って、すっかり健康になったことで、玄米酵素そして玄米食の

良さをよく知ることになった一人である。

 株式会社「玄米酵素」は、全国で食育セミナーや料理教室を開催するだけではなく、1

991年にはすでに自然農園「洞爺自然農園」を開設(2000年に有機JAS認定)。

1994年には東京・両国の第二酵素ビルに自然食レストラン「元氣亭」を開業。199

5年5月、健康自然食料理教室「エコクッキングスクール」がスタートしている。

 商品を売るだけではない食と健康、玄米の良さを伝える教育・啓蒙がベースになってい

る会社の姿勢に、販売代理店も愛用者も同社のファンになり、その会社の商品を購入する。

「玄米酵素」には、そうしたビジネスを超えた、いわば信頼関係がある。創業後、長い歳

月をかけて、そうした社風を築いてきた。

 だからこそ「50年続いたことが奇跡だ」と、昔を知る人、業界をよく知る人物が、み

な言葉にするわけである。

 開店当初は、まだまだ知名度が低かった東京・両国の第二酵素ビルにある「元氣亭」も

いまではお昼時には行列ができる店になっている。

 2011年11月に開業した大阪の自然食カフェ「GENMAIカフェ」も同様で、コ

ロナ下での休業後、2022年4月にリニューアル・オープン。現在は約半数が外国人の

お客様。ビーガンメニューの美味しい店を探してやってくる。

 まさに、時代背景は様変わりしている。



 事実無根の薬事法違反!?

 もっとも、自然食ブームに後押しされる形で、順調に業績を伸ばしてきた「玄米酵素」

は、1996年9月、大げさに言えば企業存続の危機に直面している。

 本社、支社、工場などの関連施設に薬事法違反容疑で強制捜査が入ったのである。

 容疑は玄米酵素の商品(ハイ・ゲンキ)に、薬事法で定められた許可を得ずに甲状腺ホ

ルモンを加えて販売したというものだ。

「好事魔多し」というが「何かのまちがいだ」と確信していた会社側は、製品に薬品を入

れる必要などないこと、生産工程でホルモン剤が混入することはあり得ないことなど、て

いねいな説明及び対応とともに疑惑を全面否定した。それが事実無根の冤罪事件である。

 内定をもらい、入社することを決めていた水野常務他、数人の学卒内定者にも、不安は

広がったが、会社側の説明に嘘があるとは思えず、誰一人就職を辞退する者はいなかった

という。

 事件は、1年にわたる捜査の結果、容疑事実はなかったことで全面不起訴となって終結

した。当局の見込み捜査による言語道断の冤罪事件だったが、事件を奇貨として、より安

全安心な管理体制の構築、医学的な研究データの蓄積の必要性を再認識させるものとなっ

た。

 実際に、品質管理のシステムを構築し、ISO9001の認証を取得。さらにがん研究

の世界的権威である小林博・北海道大学名誉教授に座長になってもらい、玄米発酵食品の

機能性を医学的に研究する「FBRA研究会」を立ち上げている。FBRAは英語の発酵

・玄米・麹菌の頭文字をつなげたもので「玄米発酵」の学術名である。

「ここ25年で、玄米酵素には様々な機能があることが証明されてきました」と、水野常

務は全国の大学との共同研究の成果を振り返る。



 玄米に対する誤解について

 玄米には毒素が含まれているとか、人間には害があるなどと、一部で問題にされてきた。白米のつもりで、よく噛まずにパクパク食べればお腹を壊す。そんなところから、よく

誤解される。

 玄米に関して、昔から言われてきたのが「玄米に含まれるフィチン酸が鉄や亜鉛などの

各種ミネラルと結合して、ミネラル不足になる」というもの。しかし、いまでは大豆や玄

米、全粒穀物などに含まれるフィチン酸は、すでにミネラルと結合した状態(フィチン酸

塩、フィチン)のため、他のミネラルの吸収まで阻害することは考えにくいこと、極端に

悪い栄養状態でなければ、玄米食に含まれる程度のフィチン酸の量が問題になるリスクは

少ないと、学術論文にも記載されている。

 もう一つが「玄米に含まれるアブシジン酸はミトコンドリアの働きを低下させる。玄米

には毒素がある」と言われていることだ。

 そうした主張も超高濃度なアブシジン酸を培養組織に添加したところ毒性があったとの

研究成果が、拡大解釈されたものだという。

 かつて「健康長寿」で知られた沖縄が、実際に来てみると、メタボが増えて、糖尿病に

よる死亡者が激増していたことにショックを受けて、玄米の研究を始めた琉球大学医学部

の益崎裕章教授も「あらゆる食品には良くない成分が大なり小なり入っている」として、

実際に玄米食として食べる量でアブシジン酸の害が出るようなことはあり得ないと語って

いる。

 そうした誤解は、これまでも根強いものがあったが、それ以上に明らかになってきたの

が、玄米食が健康の増進に効果的であるという医学的な研究成果である。琉球大学病院で

も、玄米の健康効果のデータを元に、入院食として玄米食を提供している。



 脳で働く玄米成分パワー

 現在では「玄米酵素」を食改善の一環として利用する医師が、270名にもなっている

そうだが、最近では日本肥満学会などの西洋医学が主流の学会に、玄米酵素の展示ブース

を出して、予想以上の注目を集めたということである。

 医学界でも、明らかに「肥満、糖尿病等の生活習慣病に玄米がいい」という認識が、一

般的になっている。

 特に、水野常務が強調していたのが、玄米の効果を研究している益崎教授による玄米成

分が脳に与える効果である。

 益崎教授の研究は、玄米成分が脳で働き、食の好みを変えることを証明。幸福・満足を

感じる脳になる効果があるというものである。

 食という字は「人を良くする」と書く。そこに食の重要性があるのだが、米の胚芽部分

などを除いた白米=粕(かす)を食べていては、肝心なものが得られない。江戸時代後期

から明治にかけて、脚気が国民病になったのは、そのためである。

 人を良くする効果は、禅宗における玄米菜食がそのまま「食べる修行」であり、続けて

いくうちに精神性が高まる悟りへの道だからである。

 特に、最近多いのが、美容・エステサロンでの玄米酵素の利用である。「インナービュ

ーティ」という考え方で、身体の中からキレイになりましょうというわけである。

 株式会社「玄米酵素」では、玄米そのものにも着目。食べやすい品種の開発にも関わり、2022年秋から本格的な販売を始めている。

 それが、モチモチ美味しく、簡単に炊ける玄米「ハイ・ゲンキの郷(さと)」である。

ハイ・ゲンキの郷は玄米食を拡げることを目的に、北海道で開発。表皮部分が柔らかいた

め、玄米100%でも「白米のように手軽に炊け、もちもち感のある美味しい玄米」とし

て食べられるのが特徴である。



 玄米の良さを世界に伝える

 医学研究面、農業面など、多くの研究成果とともに、「玄米酵素」が今日あるのは、地

球の恵みとともに先人たちの努力・協力があったからである。

 そうした感謝を伝えるため、同社では玄米酵素開発者の岡田悦次氏が亡くなった198

9年5月に、同グループの健康保養施設「洞爺健康館」に良能神社を建立。2001年1

0月には、国立公園洞爺湖畔に「玄米酵素人之碑」を建立している。

 毎年9月には「玄米酵素人之碑」で、先人への慰霊祭が行われて、10月には「洞爺健

康館」の良能神社で収穫感謝祭が行われている。

「52年間、玄米酵素並びに玄米のことを地道に伝えてきたことで、だいぶ日本には貢献

したのではないでしょうか」と、水野常務は冗談めかして語るが「和食」がブームになる

時代に、これまでの地道な活動が、ようやく実を結ぶ時代を迎えている。それは、同時に

日本から、次は世界へという流れでもある。

 食事そのものを「道」として捉えていた創業者は、日本の古来からの食の基本

「1.適応食、2.身土不二、3.一物全体」の3原則から成り立つ「食事道」を提唱し

ている。

 適応食とは、歯の形、腸の構造などから、本来人間は穀物菜食に適しており、特に日本

人は肉食より菜食に向いているというもの。身土不二は自分の身と土とは一体であり、自

分の住んでいる国・土地で採れたものを食べること。一物全体は食べ物は、全体を丸ごと

食べるという、マクロビオティックと同じ考え方である。

 2021年に迎えた創業50周年の後の「NEXT50」は、日本から海外へというこ

とで、2022年8月、海外事業部を立ち上げている。経験豊富な人材を投入して、動き

出しているところだという。

 ヨーロッパでの生活体験のある大阪の「GENMAIカフェ」のスタッフは、現地でビ

ーガンの店の食べ歩きをして、その不味さに驚いたことから「GENMAIカフェ」の美

味しいビーガンメニューを海外にも広げたい考えているという。

 世界に向けては、創業者自身「米食に関する精神的な価値観みたいなもの、単なる食と

か健康だけじゃなくて、日本人の生き方とか文化、そこまでみんな学ばなければダメだ」

と、よく話していたそうだ。

「世界にも創業者の岩崎と同じような考えで、自分の国でも玄米食を拡げたいという人物

が必ず見つかるはずです」と、水野常務も今後の世界での展開に期待している。

 世界に打って出ていく「玄米酵素」の新しい取り組み、チャレンジに注目したい。




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