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 外務省を飛び出した現代日本のサムライがつくる次世代商品!  オンリーワン技術・商品づくりに取り組む「L.E.D.ソリューション株式会社」

更新日:2023年12月17日


 外務省を飛び出した現代日本のサムライがつくる次世代商品! 
 オンリーワン技術・商品づくりに取り組む「L.E.D.ソリューション株式会社」



 他社の追随を許さない最先端技術

「他社につくれるようなものはつくらない。世界オンリーワンのものをつくって、世に出

していくという心構えが、企業理念です」というのが、「L.E.D.ソリューション株式

会社」(岩前良夫社長)である。

 言葉だけ聞けば、多くのベンチャー企業優等生の決意そのものである。問題は、どれだ

けの覚悟があるのか、筋金入りかどうかで、その後の評価は変わってくる。

 同社の企業理念は、社名の由来となっている「時代をリード(Leader)し、地球

環境を守るための(Environmental)、他社の追随を許さない最先端技術開

発商品を製造(Development)する」というものだ。

 何とも、壮大な理念である。どんなベンチャーも言うことだけは自由である。

 その意味では、ただの大風呂敷のようだが、それは世間が知らないだけで、そうならな

いだけの内容と実績もある。

 同社の事業内容は、一つが超薄型・大型の省エネライトパネル「LEDSパネル」(L

ED間接照明)の開発、製造および販売の他、LED、エコロジー、省エネに関するコン

サルタント業務。防犯・防災用品の開発・販売などのLED関連事業である。

 もう一つの柱が、化学と量子物理学の融合による100年後の技術「次世代酵素商品」

の開発、製造および販売である。

 原材料は食品および食品添加物という劇薬・毒物を一切使わずに分子結合を瞬時に切る

ため、安心で安全、簡単なため、時短そして節水につながり、コスト削減に直結する。

 油分分解、悪臭分解、細菌分解を瞬時に行い、除菌・抗菌効果が持続するという従来の

洗剤等からは考えられないような商品となっている。

 油分分解とともに、次世代酵素商品は「世界の食料難を日本からなくす技術」にも応用

されている。自然の力(微生物)を高める土壌改良、水質改良商品の開発・販売。アオコ

の分解・除去をはじめ、作物を大きく元気にするなど、要は「困りごとの解消」をテーマ

にしている。LED事業以上に、世の中に貢献できる技術として知ってほしいというのが

岩前社長の思いである。

 その驚きの技術は、いずれもYouTubeで見ることができるようになっていて、映

像には「スゴイ、スゴ過ぎる!」というリアルな驚きの声に満ちている。

 現在の売上構成は、次世代酵素事業が9割、LEDS事業が1割だが、浮世絵「見返り

美人」を使ったLEDパネルをYouTubeに出したところ、海外からの反響が大きい

こともあり、次世代酵素事業を6割、LED事業を4割にしようと考えているという。

「当社はLED事業と酵素事業の2つある。本当は私は剣道をやってたんで、剣道を通じ

た心の教育というのをやりたい」というのが、岩前良夫社長の原点である。

 これまで、日本のサムライとして、実際に小学校の体育館を使って、無償で教えていた。いまは時間がないため中断しているが、将来的にはやると決めている。



 大手企業へのLED導入実績

 岐阜県岐阜市に生まれた岩前社長は、高校は地元で一番の進学校を卒業した。

 サラリーマン家庭に育ち、社会に出た後のことなど、何も考えていなかったという。

 そんな彼が、外務省に入り、官僚並びに政府のお粗末さに呆れて、自ら退官。上場会社

をはじめ底辺の会社までを渡り歩き、LFD業界に照準を当てて、独立した。

 多くの苦労を経ながらも、いまや自衛隊“御用達”の次世代酵素事業をドル箱に、LE

D事業でさらなる飛躍に取り組んでいる。

 LED事業に関しても、すでに多くの導入実績がある。

 知らずに通り過ぎているが、誰もが目にしているのが、例えば東京駅八重洲北口にある

東海道・山陽新幹線のりばの円柱と角柱だろう。他のLED照明とどう違うのかを意識す

ることはないが、JR東京駅以外にも、仙台スマイルホテル、オアゾ(ホテル)、成田空

港京成線ホーム、ヒルトンホテルチャペル、仙台放送、平和島競艇場、ベンツショールー

ム、渋谷ヒカリエ、サンフランシスコバス停、マクドナルド成田空港店、パチンコ店。そ

の他、ドクターカーや植物工場など、特殊な光が必要とされる現場で導入されている。

 その用途がいかに世界レベルかということがわかる典型的な導入事例が、アップル社の

ベトナム工場用特殊検査照明だ。他社で間に合えば、わざわざ日本の中小企業L.E.D.

ソリューション株式会社に頼む必要はないはずである。

 自衛隊でも、隊員の命を守るため、高度な修復箇所発見技術が求められるパラシュート

用検査照明が導入されているなど、以上はホンの一例だが、とても無名のベンチャー企業

の仕事とは思えない。

 そんなことが、なぜ可能だったのかは、彼のこれまでの人生の集大成ともいえる多くの

学びと知恵があったためだというしかない。

 世にある多くのオンリーワン技術、特許商品は、その技術、開発商品が画期的であれば

あるほど、案外、ビジネスにつなげるのに苦労する。

 どんなに理想は高くても、ハードルは高い。大企業に技術を盗まれず、売れる仕組みを

つくって、売れるルートに乗せる必要がある。そのための勉強をさせられた。

 つくづく人生には無駄がない。というか、無駄に思える人生から、多くのものを学び、

それを力やビジネスにつなげていった。その結果の世界にないオンリーワン技術・商品開

発なのである。


 パチプロを目指して!?

 将来のことは、何も考えていなかったという岩前青年だが、地元・岐阜の超一流高校か

ら、大学は「とりあえず入った私立大学」へ。親元を離れて、東京で暮らすようになれば、少しは世間の荒波を受けることになる。

 最初の“洗礼”は、一流とそれ以外による世の中の厳しい対応、差別である。

 大学時代、実家から仕送りも受けていたが、政府系の「経済研究所」でアルバイトもや

ったという。一流大学の学生は屋内のエアコンの効いた部屋での事務作業。一方「君は外

で荷物を運んで」という形で、一流以下の屈辱を味わわされた。

 そんな中、パチンコをやっているときだけ、心が落ちついた。要はパチンコ依存症であ

る。毎日、朝10時にパチンコに行かないと落ちつかない。

 儲かればともかく、素人では当然、損ばかりする。そんな彼の様子を見たパチプロのお

じさんが「君は人とちがって真面目そうなのに、何でパチンコに来るの?」と声をかけて

きた。「パチンコのことが頭から離れないんです。やってないと、体が震えちゃうぐらい

なんです」というと、勝ち方を教えくれた。

 そのとき「いままで、こんなに勉強したことがない」という集中力で、その内容を全部

ノートに書いた。その通りに、次の日やってみると、勝てるようになった。

 パチンコの仕組みがわかって「パチンコを将来の仕事にしてもいいかな」と思うように

なり、就職などするつもりもなかったという。

 だが、クギの操作などから、当時は電子機器へ移行していたため、出る時間、タイミン

グがすべてプログラミングされている。1日のデータが集計されるため、彼の台だけ玉が

出てばかりだとわかる。パチンコ店経営の仕組みまでわかったというのだが、店にとって

は邪魔な素人客になる。

 月100万近く儲けるのは簡単だとしても、時間を浪費していることのバカらしさに気

づいて「そろそろ本気になろう」と、勉強を始めた。


 外務省の専門職試験を受ける

 大学では、東大から来た文化人類学の先生のゼミに入った。世界の文化比較といった話

を聞いているうちに、自分でも世界の文化のちがいを体験したいと興味が湧いたという。

 簡単に外国に行ける就職先は外務省なので、少しでも受かりそうな「専門職」を見つけ

て、ダメモトで試験にチャレンジした。

 3000人ほどの受験生がいた中で、合格するのは30名程度である。たまたま勉強し

ていた内容が出て、一次試験に合格。二次試験は英会話と面接。こちらも、超簡単な内容

で、試験官よりも、彼のほうが上手なほどだったという。

 面接では希望国を聞かれて、中国語が生かせる香港とエジプトと、適当に書いた。

「日本国家のために、どこでも行く覚悟です」と言って、合格。結局、イランに行くこと

になった。

 湾岸戦争の始まる1年前、イランとイラクのちがいも知らなかった彼が、赴任すると、

すぐに約20万人が亡くなったカスピ海沿岸大地震が起きた。

 世界から救助隊が押しかける中、日本でも人的支援が必要だと、緊急支援隊が送られて

きた。そのアテンド(接待役)が、最初の仕事である。空港に迎えに行ったところを、写

真に撮られて「読売新聞」の一面に載った。派手な外交官デビューである。

 だが、それは同時に日本政府の外交オンチぶりを知るきっかけともなった。外国の援助

隊が軍用機で来て、直接、軍用ヘリコプターで現地に行くのに対して、日本は旅客機でや

って来る。当然、その先の足がない。現地のバスは危険でオンボロ、とても乗れない。

 イラン軍の飛行機を借りる交渉役を任されて、いざ飛行機に乗る段階で、今度は日本か

ら持ち込んだ治療用精密機器が、差し押さえられていたり、そんなすったもんだを真夜中

の空港で行うわけである。

 翌日、無事、現地に行くのだが、すでに他国の救援隊は、帰国の途につく準備をしてい

る。そんな中、日本にできることは、ほとんどない。

 そうやって、税金の無駄遣いが公然と行われている。まさに現場にいて目にした貴重な

体験である。

 その仕事が片づいたと思ったら、今度は1990年8月、湾岸戦争が勃発した。

 スポーツ平和党の猪木寛治氏(アントニオ猪木)がイラクのフセイン大統領を説得する

ためと称してやってきて、日本人は入れない地域まで「自費で行く」という。そのため、

非公式だが、一番若手の彼が世話役を命じられて、2週間以上一緒に行動した。

 まさに命懸けで、若い彼が業務に取り組む一方、他の大使館員は公金をごまかすことに

一生懸命で、毎日のようにいろんな国の大使、外交官を呼んで、パーティを催している。

地元の日本人会もあり、そうした情報交換、親睦活動に忙しい。

 だが、外務省の職員や家族も、ほとんど英語ができない。日本人同士固まって、各国の

重要メンバーがいるのに「何をやっているのか!」と、当時25歳の彼は義憤に感じなが

ら、日本のサムライとして、イランの街に出ては、地元住民の生の声を聞いて歩いた。

 友人もたくさんできて、イランに来る政治家、著名人の力になるなど、多くの体験を重

ねた。

 だが、外務官僚の限界を見たこともあり「これまでの経験を生かして、何かしら日本の

役に立ちたい」との思いで、3年足らずで、外務省を飛び出した。


 上場企業から底辺の会社まで

 辞めた後のことは、何も考えずに帰国した岩前青年だったが、たまたま利用していた中

華料理店の店主と中国語で話していたところ、友達だという上場企業の社長を紹介されて

入社した。

「海外貿易を考えている」ということで入ったのだが、結局、やらされたのは、薬品原料

などの化学品部門。注文を受けて、伝票を書いてタンクローリーを手配する。

 そんなことをやっていても面白くないので、その後、専門学校経営、家庭教師派遣業、

看護師派遣協会など、会社を転々とした。どこに行っても、業績を上げるのが雇われた者

の使命である。

 そうした一社に、表向き教育産業の家庭教師派遣と教材販売会社の会社もあった。その

悪徳商法ぶりは見事だったが、長くいるところではない。

 そんな中、どうやったら、営業成績が上がるのか。学校・家庭教師であれば、生徒が集

まるか。そのためには何をしなければならないのかを、とことん学んだという。

 だが、会社を渡り歩いて、いくら自分が頑張っても、どこでも働かない社員が大半とい

う企業の実態に呆れて辞める度に「お前はどこに行っても長続きしない」と、逆に言われ

る。自分のほうが、社会の「欠陥品」に見られるため、真剣に独立できるための商材を探

すことにしたことが、ビジネス人生の転機となった。

 本や就職情報誌などを読み漁っていると「これからはLEDの時代だ」と書いてある。

LEDのことは知らなかったが、その勉強をするためにLEDメーカーに入社した。当時

は、業務用の蛍光灯が1本5万円もする時代だった。

 当然、誰も買わない。そこで、いろんな企業に行って社屋全体ではなく、会議室だけに

導入するように、無理なく導入できる提案を何社もやることによって、売れる仕組みを作

っていった。

 それで業績は上がるが、当時は「メチャクチャいい加減な商品」が山ほどあった。売り

方もいい加減で「LEDは切れません。電磁波も出ません。漏電もありません」と、嘘ば

っかりが通用する業界であった。

 岩前社長はLEDの展示会に通っては、全メーカーの担当者から情報を入手、改善すべ

き点を調査し、苦心の末、コスト競争とは無縁の世界にないオンリーワン商品を開発。2

009年5月に設立したのがL.E.D.ソリューション株式会社である。

 スタートして、すぐに代理店が100社できた。


 30社を集めたプレゼンテーション

 もちろん、すべてが順風満帆に来たわけではない。

「これまで、すごい苦労をした。お金を用意するのも、銀行に断られ、2度ほど年が越せ

ない。払うものも払えない。ホント涙が出ます」と振り返る。

 もちろん、似たような苦労はいまも変わらない。

 そうしてできたのが、同社の大型省エネライトパネル「LEDSパネル」である。

 パネルは厚さ10〜13ミリという超薄型のため、場所を選ばず壁などに後付けで設置

できる。しかも、わずか35Wで最大サイズ2200×1250ミリで「均一発光・明る

い・省電力」という世界にないLEDパネルなのである。

 3・11東日本大震災で電力が止まったとき、同社のLEDパネルは消費電力35Wで

光るため、防災用のライトになる。

 アクリルを製造する過程での特殊加工により、上と下にLEDライトを設置。それだけ

の光で全体を明るくするのだが、同業他社がマネしようとすると、真ん中部分が暗くなっ

たり、色ムラができる。設計通り・計算通りにやったつもりでも、不具合が生じる。

 実際に大手が、商品を分解して、同じものをつくろうとしたこともあった。だが、その

ときの結論は、膨大な時間とお金がかかるというもの。とても、割りに合わないという結

論であった。

 とはいえ、油断は禁物である。多くの大手企業がやることは、日本の中小企業の技術を

様々な方法を駆使して盗むことである。そのため、あえて特許は出さない。マネできるん

だったら、やってみろというのが、同社の基本的なスタンスである。

 2023年12月15日には、広島市で、会場に大型LEDパネル「見返り美人」を運

び込んで、集まった30社の前でお披露目をする。

 大型LEDパネルは目立つこともあり「わずか35Wで光るのは、スゴイ!」と、すで

に驚きの声が届いているという。

 だが、検査照明、防災パネル用に、少しは世の中に役立っているとはいえ、岩前社長と

してはLED事業よりも、より世の中に貢献できる次世代酵素事業に着目してほしいとい

うのが本音なのである。

(次回は「自衛隊“御用達”の次世代酵素に関して」です)






















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