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日本で一番忙しい(?)85歳 「弥生美術館」田村セツコ展に行く  彼女が健康で元気な理由

更新日:2023年2月1日


 日本で一番忙しい(?)85歳 「弥生美術館」田村セツコ展に行く
  彼女が健康で元気な理由


 デビュー65年目

2023年1月7日から東京の弥生美術館で「田村セツコ展」(85歳、少女を描き続

ける永遠の少女)が開催されているので、上京の際、顔を出してきた。

 女性イラストレーターの先駆けとして、1958年のデビューから65年を迎える。今

回の展示は、そんな彼女の65年を、1階が「少女の部屋」、2階が「すてきなおばあさ

ん」というテーマで構成している。

 田村セツコさんの代わりに案内してくれた学芸員の谷山実加子さんが教えてくれた。

 まだ若い彼女は、去年、弥生美術館及び竹久夢二美術館を経営する一般財団法人「鹿野

出版美術財団」に入社して、セツコさんの展示の担当になった。もともと母親が彼女のフ

ァンで「こんなに可愛い絵を描く人がいるのよ」と、セツコさんの作品やキャラクター・

グッズに囲まれて育ったとか。

 学芸員になって、今回、担当になったのも、偶然とはいえ不思議な巡り合わせである。

 相手は何しろ、今年の2月4日で85歳。若くして、売れっ子になり、様々なキャラク

ターグッズが人気になっている。

 サンリオの「いちご新聞」に1975年から40年以上連載しているという「HAPP

Yおばさん」は、いまも趣向を変えて、続いている。

 何事も頼まれると断れないまま、忙しさに追われて整理する間もない原画をはじめとし

た様々な仕事の痕跡が、彼女の仕事部屋や倉庫など、あちこちに埋もれている。

 前回(2012年10月〜12月)の弥生美術館での展覧会同様、担当の学芸員が、忙

しい彼女の代わりに目ぼしい展示作品を探し出しては制作年などの整理をして、今回の展

覧会も実現している。

 仕事部屋や倉庫に仕舞われていたという箱の中から、彼女の「少女の部屋」と「すてき

なおばあさん」のテーマごとに仕分けして、取っておいた原画を額装したり。1階のサン

リオコーナーでは、いちご新聞や絵本などに使われた原画を集めている。



 お天道さまが見ている!

 京都方面に行く前、新年のあいさつついでに「あけおめ。11日の午前中、弥生美術館

に行ってきます」とセツコさんにメールした。「ことよろ」と返信があって、お昼に美術

館に併設されている「夢二カフェ・港や」の「美味しい名物カレーと可愛いお茶をご一緒

に」ということになった。

「田村セツコ展」を見終わった後、併設の竹久夢二美術館、高畠華宵の美人画コーナーを

見てから「港や」に行くと、タクシーで駆けつけた彼女は、テーブルを前に忙しそうに作

業をしていた。

 午前中で終えるつもりだったサンリオの連載「いちご新聞」の仕事が終わらなかったと

言って、最後の仕上げの最中だった。

 今月の作品は「お天道さま」の話。彼女の絵とおばあさんの知恵が言葉になっている。

最近あんまり聞かなくなった「お天道様」についてサンリオやいちご新聞のファンにぜひ

伝えたいという思いがベースになっている。

 愛用の消しゴムを忘れて、同財団の代表理事・服部聖子さんから使いかけの消しゴムを

借りて、作品は無事完成した。消しゴムは大切な仕事道具である。最近流行りの消しゴム

とは微妙に異なる使い勝手に関して、御礼代わりにとうとうと語っていた。彼女の言葉に

消しゴムも輝いて見える。

 私は、彼女が最後の仕上げに取り組んでいる間、美味しい港やカレーと可愛いカプチー

ノをごちそうになった。名物のカレーは優しい野菜の甘味が感じられて、女性に大人気だ

というのが、よくわかる。





 健康と元気という才能

「進化し続けるすてきなおばあさん」「永遠のあの頃の少女」である彼女は、日本で一番

忙しい80代の一人である。

 何しろ毎年恒例の展覧会の他、西武百貨店のコミュニティ・カレッジの教室と「ようこ

そ!セツコの部屋へ」の他、2022年は『あなたにあえてよかった』(興陽館)、『人

生はごちそう』(あさ出版)、『白髪のアリス』(集英社)の他、曽野綾子訳『赤毛のア

ン』(興陽館)のイラストを担当している。

 2023年2月には『85歳のひとり暮らし』(興陽館)が出版される。

 いつでも、どこでも仕事とつきあいにフル回転のセツコさんだけに、その日も最後の仕

上げが終わるころ、サンリオの編集者(いちご新聞編集局)の依田真衣さんが原稿の受け

取りに現れた。

 そんな忙しさの中での美術展とあって、昨年末、彼女が電話でゴホンゴホンとセキをし

たところ「ウワッ! コロナだ、インフルエンザだ」とあわてた弥生美術館スタッフから

「絶対安静と自宅蟄居をお願いされた」というが、元祖カワイイ、HAPPY&スマイル

の彼女のもう一つの才能は「健康と元気」である。

 以下、長年の友人である押し売り詩人H氏から「ウエルネス@タイムス」に届いた「年

上のガールフレンド」を掲載する。彼女の元気な素顔と健康の秘訣がよくわかる。

           *                *

「年上のガールフレンド」

 遅れてきた私の青春を

 悔いるのではないが

 30歳のころに出会ったときは40歳

 たぶん力では負けないはずなのに

 還暦を過ぎ古希を過ぎて

 75歳のいま彼女は85歳

 いつまで経っても

 歳の差は縮まらない


 伝説のジャズスポット「J」

 イラストレーター田村セツコさんとはフラメンコギタリストのO氏と一緒に、新宿にあ

った伝説のジャズスポット「J」で初めて会った。

 もっとも彼女の記憶では、われわれとは雑誌の取材で出会ったようなことを言っていた

が、いずれにしろ、もう40年以上前のことである。

「J」で初めて会ったとき、彼女は店の常連の漫画家・赤塚不二夫氏と一緒に来ていた。

私は雑誌の取材で赤塚氏に会っていたので、狭い店内、隣り同士でジャズと会話を楽しん

だ。

「J」は早稲田ジャズ研OBが中心となってスタートした店で、いつしかタモリが宣伝部

長と言われるようになった。その後、実際に、役員として関わっている。

 そのタモリから、セツコさんは「母さん」と呼ばれる。赤塚氏によって見いだされたタ

モリにとって、彼女は特別の存在だからだ。

 当時は、まだ新宿厚生年金ホールが健在のころで、たまに同ホールに出演した海外のジ

ャズメンなどが、終演後「J」に立ち寄ることもあって、突然、店のライブに参加すると

いった意外なハプニングもあった。何もかもが懐かしい!



 三馬鹿トリオと呼ばれて

 セツコさんと、共に10歳下の2人が、たまに「J」に顔を出すと、かなりの確率でセ

ツコさんが来ていた。好きなジャズ奏者、顔なじみの女友達がいたこともあって、そんな

ときは、よく一緒の席で演奏を楽しみ、店が終わった深夜に近所の寿司屋や居酒屋などに

繰り出して、朝方近くまで飲んでいた。

 やがて、いつのころからか飲み歩く先々でセツコさんとわれわれは「三馬鹿トリオ」と

呼ばれるようになった。3人が2人になり、ときに4人〜5人になることもあるが、基本

はトリオである。

 そんな3人が、特に仲良くなったのが、シャンソン歌手の嵯波はづきさん(HAZZ)

とフルート奏者の柳原淑乃さんだ。米バークリー音楽院卒の淑乃さんは、やがてニューヨ

ークに行ってしまったが、一度、はづきさんとO氏と一緒に、神戸の彼女の実家を訪ねた

こともある。おいしい紅茶をごちそうになりながら、あまり帰ってこない淑乃さんの代わ

りに、彼女の近況を伝えたりした。

 いまとなっては、なぜそんな展開になったのか、よくわからないが、「J」はO氏がス

ペインに行くときに壮行会のパーティを開いた店でもあり、よく一人で行くようになった

私にとっても、思い出の遊び場であった。



 体力がすべて?

 田村セツコさんには「原宿に住む元気なおばあさん」という年齢的な現実と「元祖ロリ

ータファッション・アイドル」という見た目の永遠の少女像が共存する。

 自分ではパリの屋根裏部屋に住む妖精がお気に入りの設定で、実際には原宿のマンショ

ンに猫と一緒に住むアリスといったところだが、O氏からは、たまに「セツコお姉さま」

とか呼ばれている。私のコメントでは、彼女の本質を突く一言が、セツコさんの本などで

も引用されている。

 10歳年上ということは、すぐに気がついたはずだが、3馬鹿トリオとして、新宿ゴー

ルデン街、歌舞伎町など「売れっ子で一番忙しい彼女が、よく馬鹿な連中につきあえるな

」というのが、当時の客観的な思いであった。

 そんな印象が強かったため「セツコさんって、どういう人?」と、誰かに聞かれたとき

に思わず「とにかく元気、セツコさんから体力を取ったら何も残らない(ぐらい)」と言

ったことがある。

 それではまるで脳味噌が筋肉でできているみたいで、失礼な話だが、一度言った発言は

元にはもどらない。しかも、まんざら嘘とは言えないのが、みんなの実感である。

 彼女自身、少女時代に東京から疎開した栃木で2年間を過ごし、野原を遊び場にしたこ

と、粗食が当たり前だったことが、80歳過ぎても元気な理由だと自覚している。

 その元気さは、たまに帰る実家の行政担当者が「高齢にも関わらず、健康保険証を使っ

た形跡がないことから、すでに亡くなっているか、失踪でもしているのではないか」と、

心配して確認に来たぐらいである。



 ハッピー&スマイルパワー

 馬鹿な男たち、無茶な漫画家たちと、忙しい中、とことん付き合う彼女の姿を見て、あ

る日、突然、当たり前の疑問が浮かんだ。

「何で、そんなに元気なの?」

 いくら若いころとはいえ、無茶を重ねれば疲れもするし、飲みすぎれば悪酔いもする。

ズーッと不思議に思っていた、その答えの一端がわかったのは、出会ってから20年近く

経ってからである。

 食は健康の源であるが、何をどう食べるかによって、健康にも差が生じてくる。

 セツコさんのパワーの源は、要はハッピー&スマイル。基本的に仕事を断ることができ

ない彼女は、食に関してもすべて受け入れる。というか、食べる前から「おいしそう」と

言って、何を食べても「おいしい」と言っている。

 およそ長いつきあいだが、彼女が食べ物を前にして、また食べた後に「おいしくない」

とか「まずい」と言った後ろ向きの発言を聞いたことがない。

「何でもおいしいと思って食べれば、何でも栄養になる」という生活の知恵はあっても、

「おいしい」と言われて、店側も客の側も悪い気はしない。食事の席で「おいしくない」

と、面と向かって言われれば、折角の食事がまずくなる。

「おいしくない」という言葉を封印して、常に「おいしい」という彼女は、お腹がいっぱ

いだったり、「もしかして、口に合わないの?」というときは、そっとそのお皿を「おい

しいわよ」と言って人に薦める。

 たまに猫ちゃんの餌にすると言って、包んで持ちかえるので、食べないからと言って、

必ずしもまずいというわけではなさそうだが。



 元気の秘訣?

 いつごろ聞いたのかは忘れたが、ある日、彼女から「ずーっと前に買った圧力釜で、玄

米を炊いている」と聞いて、「エーッ、玄米食べてたの!」と驚くとともに、妙に納得し

たことがある。独り暮らしのいまは、小型のフライパンで玄米を炊いている。

 土鍋ならさておき、フライパンで玄米とは不思議な取り合わせだが、前の晩から水に浸

しておいて、時間をかけて炊いているのだとか。時間がかかるので、様子を見ながら、片

手間仕事やおかずの用意などもできる。コロナ下でもごきげんなランチが味わえる。

 和洋折衷のグランドマザーの知恵である。「クロワッサン」で紹介したところ、意外な

話題と影響を周囲に及ぼしている。

 玄米の持つ力については、アメリカのボストン在住のマクロビオティック指導者・久司

道夫氏が、定期的に日本を訪れていた頃に、彼の師である桜沢如一氏の弟子たちから話を

聞いたときに実感したことがある。

 すでに老境にあった彼らが、とにかく元気で午前中から夜遅くまで語り続けて、一向に

帰る気配がない。こちらが、次の予定がないのかと気にしたほど、精力的に話し続けた。

 そんな彼らを見て、玄米を食べると、疲れを知らないのかと思うほど元気なんだと驚い

たのが、私のいわゆるマクロビオティック体験でもある。

 もちろん玄米は万能ではないが、少なくともベジタリアンというわけではないセツコさ

んの健康のベースであり、元気の秘訣となっているようだ。

 そして、もともとのベースには粗食で育った野性味あふれる栃木での生活がある。

 近年、原宿のマンションの理事会の席上、マンションの水が問題になったとき、彼女は

水道水をそのまま飲んでると告げて「エッ!」と、出席者を絶句させている。近隣住人は

みんなお取り寄せの水を飲んでいるからだ。

「屋上のタンクの水って、何が入っているかわからないでしょ」という理事の面々に、彼

女は「でも、ガンジス河の水よりはきれいだと思うわ」と答えて、さらにドン引きされて

いるぐらいで、戦前・戦後の育ち盛りの時期に粗食生活を送った人間の強さも身につけて

いる。

 まだまだ、元気な80代は続く。






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