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日本イスラムの聖地「東京ジャーミー(モスク)」を訪ねて 現代日本のジャン・バルジャンに会う!   無名ジャーナリストの仕事

更新日:2023年12月3日


 日本イスラムの聖地「東京ジャーミー(モスク)」を訪ねて
 現代日本のジャン・バルジャンに会う!   無名ジャーナリストの仕事



 進行する世界のイスラム化と戦争・対立

 ロシア・ウクライナ戦争の決着が見えない中、今度はイスラエル・パレスチナ戦争であ

る。イスラエル・パレスチナ問題、特にイスラム教並びにイスラム問題は、何度聞いても

わかったようで、よくわからない。

 大半の日本人同様、イスラム世界にはほとんど縁はないし、遠いイメージがある。

 しかし「世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代」との副題が付いた本『となりの

イスラム』(内藤正典著)もある。世界は確実にイスラム化している。それは各地にコミ

ュニティができつつある日本も例外ではない。

 コロナ下の2022年、東京地裁前で「ジェノサイド(虐殺)」および「人道に対する

罪に認定」の文字とともに「ウイグルの現状に抗議の声を!」と書かれた特定非営利活動

法人「日本ウイグル協会」のチラシとマンガの小冊子「私の身に起きたこと(とあるウイ

グル人男性の証言2)」を手渡されたことがある。

 習近平下の中国で、一つの中国を掲げて、ウイグル民族の中国化が進められて生きた過

程で、100万人(チラシでは300万人)を超えるウイグル人が強制収容所に送り込ま

れているといったニュースが世界中を駆けめぐり、国際経済社会をも揺るがせていた。

 ここでも、習近平・中国に敵視されたのはイスラム教であり、ムスリム(イスラム教徒)の存在であった。

 そんな中、少しは理解の糸口となる接点はないかと、振り返れば、意外な真実はどこに

転がっているかわからない。

 昔、一緒に中国を旅した環境ベンチャーの社長は、ウイグルの首都ウルムチの名誉市民

であった。あるいは、かつて日本のドンと言われた笹川良一氏と敵対した知人が、アラブ

に留学の経験があり、どこまで熱心かはともかく信者でもあった。

 イスラム教の信仰の内容は、様々な本に書かれているように、一神教の部分を無視すれ

ば、基本は「平等と分かち合い」である。日本の仏教、例えば浄土真宗・親鸞とほとんど

変わらない印象がある。

 だが、もっとも関わりが深かった一人は、日本のイスラム教の拠点である東京ジャーミ

ーの広報担当者(S氏)である。

 もっとも、S氏がイスラム教徒だと知ったのは、2107年11月6日の「新潟日報」

(共同配信)の連載「憲法ルネサンス(37)」に「イスラムを広報する日本人」として

クローズアップされていたためだ。

 思わず「オッ!」と声を出して「こんなところにいたのか?」と、40年前の記憶が蘇

った

 その人物こそ、無名ジャーナリストが業務上横領(求償金請求事件)で訴えた相手であ

った。そのいわば罪人が宗教の殿堂で、堂々と生きている。その落差の大きさに単純に人

生の不思議な巡り合わせを感じたものである。



 現代のジャン・バルジャン?

 人間、長く生きていると、つくづく人生に無駄はないとわかる。盗み・犯罪さえも、そ

の後の人生の成功の要素であることは、創作とはいえ、例えばフランスの作家ビィトクル

・ユゴーの「レ・ミゼラブル」にも描かれている。

 主人公の青年ジャン・バルジャンは貧しさから一片のパンを盗んだ罪で投獄される。出

所後、カトリックのミリエル司教と出会って、良心に目覚め、以後、不幸な人々を救うた

め、我が身を犠牲にして、司教の教えを実践して生涯を終えるというストーリーである。

 人生に苦難はつきものである。ジャン・バルジャンの盗みも投獄も、それ自体はいけな

いことだが、人生は一筋縄では行かない。いまも盗む人は絶えず、刑務所は全国に存在す

る。過ちは誰にもある。それを生かすか生かさないかが、その後の人生を分ける。

 新聞・テレビに目を向ければ、毎日のように有名人、あるいは人を指導する立場にいる

教師のみならず、聖職者の呆れた犯罪・スキャンダルが浮き彫りにされている。その中に

は、罪に問われて、投獄の憂き目にあうケースもあるとはいえ、その大半は訴えられるこ

ともなく、忘れ去られていく。

 政治家などは、10年以上前のセクハラ、ハワハラ、金銭問題など、当人が世間に注目

されるようになったのに合わせて、メディアのネタにされている。

 金は天下の回りものである。無名ジャーナリストが、高度成長期の浮かれた有名企業や

経営者等に厳しい記事や本を書いていたのは、いまは良くても、今後、世界を相手にビジ

ネスをしていくには、それに相応しい企業内容、経営者である必要があることを気がつか

せるため。つまりは相手の立場を思って、あえて叩くような記事を書いてきたつもりであ

る。

 宗教者に対する厳しいレポートも同様で、いわば愛のムチのつもりであった。

 S氏を求償金請求事件として訴えた経緯は、彼の編集者時代、無名ジャーナリストが受

け取るべき金(取材費の清算金)、およそ30万円を着服されたためだ。40年前のこと

だから、いまなら大金である。

 もちろん、ことを荒立てないためというか、武士の情けである。出版社の上司や経理担

当者には言わずに、本人に「窃盗(業務上横領)という罪になるから、返したほうがいい

のでは」と話したが、結局、彼にできることは「ないよ」と言って逃げ回ることだけであ

った。

 そんな相手から金が取れるとは思わなかったが、不思議なことに、銀座4丁目交差点の

地下鉄出口階段でバッタリ会ったり、東京から新大阪行きの新幹線でバッタリ出会うのだ

から、不思議なものである。その度に「盗んだ金は返したほうがいいんじゃないの?」と

伝えたものである。



 求償金請求事件の顛末

 S氏に「金を返したほうがいいよ」と伝えたのは、仲間うちではあっても、単純に人の

道に反すると思ってのことだ。相手が有名人であれば、当時あったマスコミ情報誌『噂の

真相』にでもレポートしたところだが、次善策として、家庭裁判所に「求償金請求事件」

の形で訴えている。

 無名ジャーナリストの最初の本(共著)は『冤罪の研究』であり、当時は『弁護士にな

りたい』という全国の青年法律家協会の所属弁護士10名ほどを取材した本を出版してい

た。弁護士との世間話の際、ライターの世界のいい加減さを話題にしていたところ「自分

で裁判を起こしたら。それもいい経験になるんじゃないですか」とアドバイスされた。

 資料(本)を借りて、見本を参考にしながら、それらしい訴状をつくっていく。証拠書

類などを付けて、印紙を貼って、家庭裁判所に持参する。素人でも、そのつもりになれば

窓口でも丁寧に教えてくれる。

 やがて、訴えが受理されて、裁判が始まるのだが、もちろん相手は出て来ない。そのま

ま、多くの借金返済の裁判同様、訴えは認められたとしても、こちらはジャーナリストと

しての誠実な対応を形にしただけである。

 通常、銀行口座や給料の差し押さえなど、次に行う対応策を取らないまま、S氏の件を

終えたのも、少しは反省して、真っ当な人生を送る一助になればとの思いからである。

 事実、元罪人も30数年の齢を重ねれば、宗教施設の広報担当が勤まるわけである。

 だが、当人はすでに忘れているかもしれないが、盗まれたほうは覚えている。あるいは

真っ当な良心の持ち主は、案外忘れないものだと、数年前に教えられたことがある。

 ある本作りに関して、100万ほどを受け取らないままになっていたケースで、その相

手と東京から九州に行く飛行機で偶然一緒になった。そのとき、相手から「お借りした1

00万円、近々返すことができると思います」と言われたのだ。20年以上前のことで、

まったく当てになどしていなかったお金である。

 S氏が覚えているかどうか、とても覚えているようなキャラクターとは思えないが、昔

の犯罪行為並びに訴えられた事件をどう捉えているのか、確認するために2023年11

月23日、代々木上原にある東京ジャーミーを訪ねてみた。

 その日は休日ということもあって、見学自由の礼拝堂には、参拝者に混じって、多くの

見学者が訪れていた。


 9・11米同時テロとイスラム教

 もともと、S氏は1969年、早稲田大学の探検部時代に訪れたアフリカで、ナイル川

をゴムボートで下り、スーダンの村を転々としたことがある。そのときに、ムスリム(イ

スラム教徒)が多い村で、寝床を提供されるなど、親切にもてなされたことからイスラム

教に興味を持ったという。イスラム教の普遍的な教えは平等と分かち合いである。

 当時、イスラム教徒とは知らなかった彼が、改めて真剣にイスラム教に向き合うことに

なったのが、2001年にアメリカで起きた9・11同時多発テロだったという。

 ショックを受けた彼は、それまでの生活を反省。その後、東京ジャーミーに通うように

なり、やがて出版物づくりを手伝ううち、2010年から専従の広報担当者になったわけ

である。

 その日も、彼は1階ロビーに集まった見学者相手に、施設の概要、イスラム教の成り立

ちなどを説明。2階の礼拝堂に案内して、礼拝の時間になると、彼も他の信者と一緒に、

その日の指導者(教師)の前に横1列に並んで、礼拝に参加していた。

 横1列に並ぶのは、神の前にみんな平等だということであり、イスラム教には専従の聖

職者がいないのも、教会組織ができると、必ず腐敗が始まるからだという。

「なるほど」という感じだが、イスラム教が世界最大の宗教になりつつある現在、その一

方のテロと戦争のイメージとは矛盾する。

 S氏が登場していた新聞記事の見出しは「テロの宗教ではない」となっていたが、その

イスラム世界ではいまもテロと戦争が繰り返されている。

 イスラム教では「恩を仇で返さない」というのが基本だが、それはキリスト教の「汝の

敵を愛せよ」も同様である。

 一神教の限界であるというのが無名ジャーナリストの見解だが、もちろん、イスラム教

を信じるS氏の立場は異なる。

 複雑な民族の歴史とともに、石油産出地でもあることから、要は大国間の植民地支配、

政争の犠牲になってきた歴史的な背景がある。

 なかなか理解できないイスラム教について、本来の宗教の姿を伝えようとするS氏の役

割が、大きいことを実感する。



 ジャーナリストの務め

 見学後、40年前の訴訟について確認すると、予期した通り「嘘だ」と、強く否定して

いた。

 だが、無名ジャーナリストがわざわざ嘘をいう必要はない。ましてや、細かいエピソー

ドを捏造する必要もない。その点を指摘すると、どちらかというと「ポジティブな性格」

なので、マイナス情報は忘れるようにしていると話していた。

 とはいえ、無名ジャーナリストが唯一行った訴訟は、すでに時効でもある。だが、人間

の記憶には時効はあるようでない。多くのいじめや借金同様、加害者は忘れていても、被

害者は覚えていることが多い。

 もっとも、40年後、現代日本のジャン・バルジャンとして活動する生き様を知れば、

反省を促すための訴訟は十分に生かされているとも言えそうである。その意味では、訴訟

は無駄ではなかったということだろう。

 今回、このようないきさつを明らかにするのは、ほかでもない。あまり気分のいいもの

ではないが、それもまたジャーナリストの務めだと思うからである。

 相手が不愉快に思うならば別だが、教会を去る際、昔と変わらぬ感じで「また訪ねてき

てよ。今度、一緒に酒を飲もう」と言っていた。

 お互い団塊の世代である。次々と鬼籍に入る共通の友人・知人が増える中、健康で酒の

飲める相手は貴重である。

 次回は、なお日本人にはよくわからないイスラム教について、改めて話し合うことがで

きれば、今回のレポートを書いた甲斐があるというものだ。




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