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真の「人類の敵」とは何か?  無名ジャーナリストの仕事 「出羽三山友好訪中慰霊行」と「全世界平和祈願大会」(その2)

更新日:7月4日

真の「人類の敵」とは何か?  無名ジャーナリストの仕事  「出羽三山友好訪中慰霊行」と「全世界平和祈願大会」(その2)



本当の人間の敵とは? 「戦争は愚者でも始めることができる。実際、しばしば愚者が始める。だが、それを終わ らせるのは賢者の務めである」と言われる。  世界では相変わらず戦争が続いている。いまも世界は愚者の楽園だということだ。  人間の愚かさと残酷さは、いつの時代、どこの国でも見られる悲しい現実である。  もし、国のリーダーに縄文時代を知る人類史的な観点と地球的発想からなる「人間」の 自覚があれば、自国のみを見ていては、いつまで経っても平和は来ない。  事実、戦争は終わることはない。 自からの正義を掲げ、敵と戦っているつもりのようだが、敵を見誤ってはいけない。われわれは人間の本当の敵を見るべきなのである。  では、本当の人間の敵とは何か?  戦争や貧困が人間を悪魔的な存在にする。そうした人間のDNAの中にある欲望、羨望 や恨みといった感情あるいは病気など、みな人間の敵のようなものだ。これらの敵と戦わ なければならないのに、人間同士戦ってどうする。戦う相手をまちがっていると、少し冷 静に考えればわかるはずである。  日本を想定して、例えば「反日」「抗日」と騒いでいるうちは、平和は実現しないのは 前回(第34号)指摘している通りである。  広島・長崎に原爆を落とされても、日本ではアメリカを非難するようなキャンペーンな どは行わない。そこでは、忘却もまた平和の味方である。 「愛と平和」を掲げるならば、新たな憎悪と対立をつくり出すのではなく、決定的な破局 並びに関係の崩壊を避けるために、対立を生かす方法を考えることこそ、人間の責任・使 命であろう。



 忘却もまた平和の味方とは?  太平洋戦争で、多くの犠牲者が出た激戦地パラオ諸島、パプア・ニューギニアなどは、 いまも日本との特別な関係が続いている。  だが、日本人に好意的と言われる激戦地パプアニューギニアにも、戦争による多くの悲 劇がある。その悲劇は戦争下のこととはいえ、語るのもはばかれる内容である。  戦争末期、食糧の補給の道が断たれた兵隊たちの中には、戦争の恐怖と狂気の中、空腹 を満たすために現地人を殺して、鍋で煮て食べる者もいた。  戦争のあるところ、どこでもある狂気の沙汰とはいえ、そうした悲惨な光景を目の当た りにした子どもたちが、その後、政府の要職につき、日本との絆を深めていった。  現地を訪れた「梨本宮記念財団」梨本隆夫代表は、身につまされる内容に衝撃を受ける とともに「なぜ、日本に協力的なのか」を尋ねた。  済んだことは仕方がない。日本人にもいい人もいれば、悪い人もいる。軍人もいろいろ である。不幸な現実に目を向ければ、悲惨以外の何ものでもないが、日本語を話す老人が いるように、日本軍が侵攻し拠点にするために現地の教育、インフラの整備を行ったとい う一面もある。 「だから、自分たちは当時の恩讐を超えて、本来の平和な日本と協力していこうと思う。 戦後、武器を持たずに平和を続ける日本は、もっとも重要なパートナーだから」というの が、その答えである。  あるいは、二〇〇四年六月、米首都ワシントンの大手シンクタンク「外交問題評議会」 を訪れたシンガポールのリー・ツェンロン首相も「第二次大戦を過去のものとし、慰安婦 問題や日本による侵略、戦時中の悪事の有無などに関する論争を蒸し返し続けることをや めない限り、この問題は今後も傷として痛み続けると思う」と述べている。  日本は英国の植民地だったシンガポールを占領。英国軍との戦いもあり、日本軍によっ て殺害された中国系住民はおよそ五万人に上るという。こうした暗い歴史を持ちながら、 日本は東南アジア各国と友好的な関係を築いてきた。  それが国際ルールとなるべき「文明の徳」に則った、本来の独立した国と国とあり方で ある。そのベースにあるのは、本来の人間の敵と戦うため、世界は一つの家族であるとの 認識である。  その意味では、愛と平和を語りながら、戦争を止められないリーダーなど、もっとも悪 質な人類の敵ではないのか。  自ら愚者として、小学生に示しがつかないことを、大の大人がやっていて、テレビをは じめとしたメディアでは、戦争の映像を流しながら、高見の見物よろしく識者にコメント させている。  新潟BSNラジオ(土曜日)の「こどもウォッチ」という人気コーナーでは、小学生高 学年の女子が「夢は世界平和」と語って、イスラエル・ガザ、ウクライナなどで罪のない 人たちが犠牲になっていることを、自分のことのように嘆いていた。  人類の敵を見間違うな  2024年5月の新聞には「武器使用、国際法違反の疑い」との見出しが踊っていた。 イスラエル軍のパレスチナ自治区ガザでの戦闘で、アメリカが供与した武器が国際人道法 上、違反して使用された疑いがあるとの報告書が議会に提出されたという。  ミサイルにしろ、爆弾にしろ、戦闘のための武器を供与しておいて「国際法違反」とか 「戦争にもルールがある」と、もっともらしいことを言うが、だまされてはいけない。  あるいは、北朝鮮が自国に気に入らない動きがあると、ミサイルや軍事衛星などを打ち 上げる。その度に世界は「国連安保理決議」に対する明確な違反だと非難をするが、自国 に都合の悪い国際ルールなど、無視するのは、いつものことである。  報告書は、要するに正しい戦争、正義の戦争での武器の使用法から外れているというこ とを前提にしているようだが、人類が宇宙にまで行く時代に、いまだに戦争をする理由を 探して、殺人の正当性を「国際人道法」を持ち出して確保する。戦争ゲームの譲れないル ールというわけだが、無理があるのは、少し頭のいい小学生に聞いてもわかるはずだ。  終わらない戦争を前に、本当に大事なことは何か。改めてわかることは“人類の敵”を 見誤っているということだろう。 「真の人類の敵とは何か?」に目を向ければ、人間同士が戦っている場合ではない。  



 吉林万人坑慰霊塔前の慰霊祭  一般財団法人「梨本宮記念財団」梨本隆夫代表理事の戦後供養は、前回、その一端を紹 介したように、あらゆる対立を克服するため「恩讐を超えて」世界平和行脚の旅を続けた 両親の跡を引き継ぐ、出羽三山の霊統に連なる道を行くものである。  実母・神林みさを氏による戦後初の民間日中友好の旅の記録「出羽三山友好訪中団慰霊 行の記」(1980年9月発行)は、ハルピンから「長春・吉林にて」へと続く。 「長春は吉林省の省都で、北京から約1120キロ、人口約140万人を擁する工業・文 教の中心地で、旧満州国の首都で『新京』と呼ばれたところです」とあり、慰霊団一行は 先に野呂恭一厚生大臣一行が泊まったホテル(旧ヤマトホテル)に3泊した。  吉林は、長春の東方約120キロにあり、バスで4時間ほどのところである。 「聞くところによりますと、この地方が一番悲惨だったようです。餓死した者、虐殺され た者その数一千万人位だと言われております」と記し「これらの霊達を慰めるために立派 な『万人坑慰霊塔』が建立されております」とある。 「最初わたくし達は、この塔の前に中国式に花輪を捧げて黙祷いたしました。次いで、日 本から持参した『阿弥陀如来の仏像』、『中国伝来の阿弥陀三尊大掛軸』、『羽黒山の大 梵天』等を祭壇に飾り、数々の御供物を供えて慰霊のみ祭りを執り行わせていただきまし た。  み祭りを始める頃まで晴天だったのに、一天俄にかき曇り雷鳴二つ轟き渡りました。祭 りが終わって全員車に乗ってドアを閉められた途端に土砂降りとなりました。これら一連 の現象をどのように解釈したらよろしいのでしょうか」  不思議な現象は続きます。 「長春のホテルに帰り、夜のみ祭りを執り行わせていただいた時のことです。御供えした コップに見事な『水の花』が咲いたのです。今までかつて見たことのないほど、それはそ れは綺麗なものでした」  松花湖に納めた注連(しめ)  一行の慰霊行も終わりに近づいて、各人が慰霊祭の時に首にかけていた注連を納めて帰 ろうと、適当な場所を探して、結局、吉林から近く松花江に連なっている大きな松花湖に 行ったときのことだ。  湖にかかる橋の上から神林茂丸団長が、全員の注連を投下したところ、紙製の軽い注連 が、水に浮くことなく、湖面に達するやいなや、沈んでいった。紙の注連が水に浮くこと なく沈んでいくことなどあり得ないことである。  その様子に、一同は驚き「アア霊たちはどんなにこの日を待ちあぐんでいたんでしょう ね」と感無量の思いで、皆々涙を浮かべていたと記している。  「薫風に注連かけて魂還り来よ」(神林みさを作)  みさを氏の「霊行の記」は最後に、特別お世話になった通訳・王耘(うん=正しくは来 に云)さんとの「お別れ」にページを割いている。彼女は「中国国際旅行社北京支社日本 科」に所属する大学出の職員で「聡明で誠実な人柄の若い女性」と紹介されている。 「御礼は一切お受けしないことになっております」という王さんに、みさを氏は身につけ ていた「青瑪瑙のブローチ」と「カーディガン」を差し出した。その青瑪瑙は出雲の玉造 で求めた品で、そこは縁結びの神様(大国主命)の鎮まっている地だと説明した。  王さんは「これまで日本から慰霊団として来られた方々は、日本人だけの慰霊のためで あったのに、あなた方は中国人の霊に対して心からの慰霊祭を執り行ってくれました。本 当にありがとうごさいました」とサメザメと涙したということだ。  同「慰霊の行」の「おわりに」で、みさを氏は「表面だけの友好では真の友好にはなり ません」と語り「現実の人間は巧妙に誤魔化すこともできましょうが、心霊だけは決して 誤魔化し通すことはできません。神霊(神さま)の実在の論議は兎に角といたしまして、 身近の心霊(霊魂)の存在だけはぜひ認識する努力をお願いしたいものでございます」と 記している。深く霊魂の存在を信じているのである。  梨本代表理事が、口癖のように「霊界を鎮めずして、この世の問題は解決しない」と語 るのは、親子代々、心身に染みついた教えならぬ「道」そのものだということである。  また「神は偉大なるプログラマーである」と語っているように、霊界の動き・働きは人 知を超えた数々の奇跡としか言えない現象・偶然をもたらす。  何と30年後、両親亡き後、世界平和行脚を引き継ぐ形で、昭和天皇の戦後処理に奔走 する梨本代表理事の前に、再び現れたのが、王さんであった。  悠仁親王のために、パンダを来日させる橋渡し役として訪中した際に、彼女が梨本代表 理事の通訳をしたのである。そんな奇跡的な出会いがあって、彼女は先代から続く梨本代 表理事による日中間の懸案・戦後処理が、他の多くの日本人による取り組みとは異なるこ とを知っている、貴重な証人なのである。



 「全世界平和祈願大会」の開催  その後、1991年6月22日には、実父・神林茂丸師による戦後処理、世界平和への 取り組みに関する象徴的な成果である、東京の九段会館での「全世界平和祈願大会」(シ ベリア抑留犠牲者慰霊大法要/日韓合同耳塚慰霊一周忌大法要)が開催された。  その日、最初に大会挨拶に立ったのは、梨本代表理事の義父・梨本徳彦氏(元皇族)で あり、続いて実父・神林茂丸師(三山大愛教会管長)があいさつを述べている。  その2人が、多くの関係者の力添えを得て、戦争の犠牲となった同胞の眠るシベリアの ウラン・ウデ日本人墓地に、3本足の霊鳥「ヤタガラス」を送り、シベリア抑留犠牲者た ちの霊魂の還国を先導することになったこと、さらに豊臣秀吉が韓国出兵の際に持ち帰っ た、京都にある耳塚に納められていた霊魂を、故国・韓国に送り返すことになったのであ る。  それは、まさに「恩讐を超えて」多くの犠牲者の慰霊鎮魂と、歴史の傷跡の終焉を謳う とともに永久平和のシンボルとする記念すべき「全世界平和祈願大会」となっている。  一連の梨本代表理事の活動は、両親並びに先代・梨本宮徳彦王の跡を引き継いだ、その 意味でも筋金入りというわけである。  それらの活動のベースにあるものこそ「霊界を鎮めること。それなくして、世界の戦争 の悲劇は終わらない」という霊魂の存在を前提としたものだが、戦争を止められない世界 に対して、かつて「神の国」と言われた日本でも、欧米の合理主義の洗礼を受け、アメリ カ文化に毒されて、神も霊魂も、ともに見えない世界はなきものにされている。  かつて、神とともに霊の存在を当たり前に信じていた日本はどこに行ったのかと、多く の外国人が嘆く理由である。 『神道が世界を救う』(勉誠出版)は、梨本代表理事の盟友とも言えるサンマリノ共和国 のマンリオ・カデロ大使と外交評論家・加瀬英明氏との共著である。  本のタイトルにある通り、世界は日本を必要としている。そして、世界平和を語るとき 日本には神話の時代から続く天皇制・皇室があり、天皇の祭祀を司ってきた古神道、つま りは伯家神道こと白川神道があるという事実。その通常はうかがい知れない歴史と役割へ とつながっていく。




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