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1948年6月 米軍による「竹島」爆撃事件! @タイムス情報


 1948年6月 米軍による「竹島」爆撃事件! @タイムス情報



 「戦後75年後の慰霊祭と問題提起」  


            

 「武器を捨てよ!」というメッセージ

 2023年5月、広島G7サミットが開催された。

 成功という声もあれば、失敗と大声を上げる人たちもいる。

 最終日にウクライナのゼレンスキー大統領が来日するというサプライズもあり、G7=

グループ7国以外に、新興のグローバルサウスの参加もあり、一見華やかな首脳外交が展

開されたわけだが、失敗など、端からわかっていることだ。

 失敗とは何か。現実的ではないとはいえ、ゼレンスキー大統領が参加するなら、ロシア

のプーチン大統領を呼んで、停戦なり、今後の対応なりを話し合う場を提供し、仲介して

こそのサミットであろう。

 政治が自国の状況を背景にしたショーでしかないのは、いまに始まったことではない。

 世界の歴史に目を向ければ、そこには表向き文明化を遂げて、物資的な豊かさと平和を

目指して、本質は何も変わらない現在がある。平和を掲げながら、武器を片手に、代理戦

争を含めた、相変わらずの戦争あるいは紛争作業に忙しい。

 そこに各国の防衛産業が結集し、世界規模で凌ぎを削るというビジネスシーンが展開さ

れている。見飽きた光景である。

「武器を捨てよ!」というのは、第一次世界大戦前の1889年に発表した作家ベルタ・

フォン・ズットナーのベストセラー小説の題名である。

 彼女は空爆による人類の破滅の危機を警告する論文「空の野蛮化」を発表するなど、平

和運動の母として知られる。1905年に、女性で初めてノーベル平和賞を受賞した。

 だが「武器を捨てよ」という彼女の平和へのメッセージも虚しく、1914年6月、7

1年の生涯を閉じた。そして、彼女の死から1月半後に、第一次世界大戦が勃発した。

 その後の世界の推移を見れば、当時も今も世界は真面目にというか、まともに平和など

考えていないということである。




 米軍の「竹島」爆撃訓練事故

 日本でそのズットナー像を建立し、平和の事業家としても知られる「小松電機産業株式

会社」小松昭夫社長(「人間自然科学研究所」理事長)から、韓国人弁護士からの情報だ

という電話があった。

「1948年6月8日、竹島での米軍のB29による爆撃訓練中に、漁船20隻が沈没、

16人が即死、10数人が重症を負った事件を知っていましたか」という内容である。

 もちろん初耳である。日韓問題に尽力している知人に確認したが、やはり知らないとの

ことであった。

 事件は、撮影記録が出てきたことから、米国側が賠償するということだったが、今日に

至るまで行われていないままだという。

 現地では1950年6月8日に「独島(竹島)遭難漁民慰霊碑除幕式が行われた。

 以後、毎年、慰霊祭が行われているという。

 75年目の本年は「日頃、平和活動をされ、独島(竹島)を平和の島にすべき」と提案

している小松氏からも「追悼文」をもらって、慰霊祭で読み上げたいとの申し出が、旧知

の韓国人弁護士からあったということである。

 ただのメッセージ、追悼文では面白くないと考えたのかどうか、小松氏は韓国側から依

頼された追悼文に関して、まずは社員並びに代理店からの声を募集して、それを小松氏が

取りまとめて送ることになった。

 これまで小松氏とともに、何度か韓国並びに中国に同行した「ウエルネス@タイムス」

記者にも「メッセージを」と頼まれたのが、ゴールデンウイークのことだ。

 近年の「反日」の人々を見て、その“頑張り”にウンザリしているため、改めて思うと

ころを書いて送った。それが、以下の文面である。


          *                 *

それで世界が平和になるならば

 世の中には、知っているようで知らないことがたくさんある。知って平和になれば、そ

れに越したことはない。平和とは、要するに争いのない状態である。だからこそ、あらゆ

る対立を排することによってのみ、争いはなくなるというのが、われわれの認識である。

 われわれとは自社メディア「ウエルネス@タイムス」と、たまに行動を共にする人たち

のことである。今日の社会に欠落しているものとして、われわれは先祖供養そして霊性の

覚醒・向上を掲げて、日々、霊性の向上をメッセージしている。

 そこに共通するキーワードの一つは「恩讐を超えて」という概念である。過去は取り戻

すことはできない。次の世代のためにはあらゆる対立を超えて、手を結び合うしかない。

日本の伝統的な和である。それができるかどうかは、霊性の問題であるということだ。

 今回、竹島周辺での米軍による爆撃訓練による事故と、犠牲になった漁民たちの死を悼

む慰霊祭があること。そこに弁護士の関与があることを知って思うことは複雑である。

「なるほど」と思うのは、これまで知らなかった歴史的な事実=不幸が、こんなところに

もあったのかという、ちょっとした驚きである。同時に、75年前の事件という長い歳月

の重みとともに、尊い犠牲となった死を悼み慰霊することの重要性である。

 ただそこに、慰霊とはなじまない闘争のニオイのようなものを感じて、事態が進展する

前から“疲れる”印象を拭えないというのが、率直な印象である。

 というのも、新たな歴史の不幸を見つけた結果、平和が訪れるならば、歓迎すべきこと

だと思うが、世の中そうそう何かを裁こうとする人間に都合良くは行かない。歴史の示す

通りである。

「聖書」には「人を裁くことなかれ」と書いてある。裁けば、次は自分が裁かれると。そ

して、徹底的に「許せ」と記されている。その指摘に納得できない者が、いろんな理屈を

つけては裁こうというのが、神の思いを知らない人たちだと考えるしかない。

 神なき現代、自分の権利こそが第一だからである。

 だが、闘争につきものの恨みつらみ、怒りはストレスの最たるものの一つである。心ば

かりか、やがては身をも病むことがある。そこでは、逆に許しは真の心の解放となる。や

ってみればわかることだが、自分に熱心な人たちは案外、死の間際まで気がつかない。

 あらゆる不幸や死は、平和を手にするための尊い犠牲である。その犠牲を無駄にしてき

た結果、21世紀の今日がある。

 世の中の不幸は、ロシア・ウクライナ戦争は言うに及ばず、毎日、至るところで起きて

いる。一見、平和な日本のゴールデンウイークにも、例えば5月5日の「こどもの日」、

アフリカのコンゴ民主共和国で、大雨による洪水で200人以上の犠牲者が出たと伝えて

いる。近隣のルワンダ、ウガンダも似たような状況である。

 天災を裁くことはできない。われわれにできることは、ただ犠牲者を悼み、物心両面で

の支援を送ること。そして、なぜ天変地異が頻発するようになったのか。環境破壊、温暖

化等、われわれ自身の責任を自覚するしかない。

 アメリカ・テキサス州では4月30日、射撃による騒音を注意した隣人に、逆上した男

性が銃を持って隣家を訪れ、8歳の子どもを含む家族5人を殺害するという銃撃事件が起

きている。寝室では子どもたちをかばって、女性2人が死亡。子どもたちは命を救われた

という。

 アメリカでの銃による悲劇は、5月1日、3日、4日と、毎日のように続いている。そ

の意味では、因果は巡る。アメリカも十分に傷ついているのである。

 大切な命とはいえ、自分の命も他人の命も、天から見れば似たようなもの。不幸も同様

である。だが、その不幸は関係する立場によって、大きくもなり小さくもなる。

 だからこそ、75年前の事故に真剣に向き合い、慰霊祭に集う人たちとともに、われわ

れは世界中で起きている不幸に向き合い、慰霊鎮魂を続ける。そして、先祖供養と霊性の

覚醒・向上に務めるしかない。

 先祖供養とは係累に限らず、われわれの生きる地球・宇宙を大事にすること。そして、

霊性の覚醒・向上とは人間をより人間らしく、霊性を高めること。それこそが、平和への

入り口だからである。

          *                 *




 戦う弁護士のネタは尽きない

 6月8日の慰霊祭がどのようなものになるのか。そして、その後の展開がどうなるのか

は、後日明らかになるはずだが、それで平和が訪れるならば、言うことはない。

 だが、一つだけ明らかなことは、慰安婦問題を手掛けた韓国人弁護士が、竹島爆撃事件

の後に、何を考えているかということである。

 広島サミットには韓国の尹錫悦大統領も参加。岸田文雄首相と尹大統領が2人して韓国

人原爆犠牲者慰霊碑を訪れたことが、話題になっていた。

 今後の日韓関係が改善されるに越したことはないが「ウエルネス@タイムス」記者にと

っての気がかりは、2013年夏、従軍慰安婦が島根県松江で自らの体験を語る講演を行

っていたことである。

 講演後のシンポジウムで、韓国人弁護士は慰安婦問題、強制労働問題が解決した後「次

はアメリカを相手に韓国人被害者の裁判を起こすので、ぜひ日本の被爆者の人たちも一緒

に協力して戦いましょう」と語っていた。

 アメリカ相手の訴訟は、いまのところ何の進展もないようだが、次に控えていることに

変わりはない。まさに戦う韓国人弁護士のネタは尽きない。

 そして、彼らが頑張れば頑張るほど、日米韓の“古傷”が掘り返されて、平和はなかな

か手に入らない。

 戦後処理に限らず、多くのものごとは、病気に典型的だが、解決しないほうが、案外ビ

ジネスになるからである。



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