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ダーツにまつわる「ラブストーリー」その後  元カノは、いまもシャンソンを歌っていた!   作家・波止蜂弥(はやみはちや)

ダーツにまつわる「ラブストーリー」その後

 元カノは、いまもシャンソンを歌っていた!   作家・波止蜂弥(はやみはちや)


 「選べない」のはなぜ?

 2025年2月、インドに行ってきた。ダーツとは関係ない話だが、その後、ダーツのレジェンドたちと会う機会が減ったこともあって、当連載も一回お休みした。

 そのインドでは、特にダーツを見かけることはなかった。もともと英国が支配したことのある国なので、どこかにあるはずだと思って、ネット検索すると、2024年6月「インドに行くので、インドのダーツバー事情を知りたい」との問い合わせに「結論、インドではダーツバーは見当たらずでした」との回答が載っていた。

 もちろん、実際にはインドにも国内大会などがあって、ダーツのインド代表にも選ばれている期待の星・弱冠18歳の女性プレーヤーのモデル商品が紹介されていた。

 ダーツファンはどこにでもいるが、ダーツに命を賭け、熱中するレジェンドや多くのダーツファンには申し訳ないが、基本的にゲームや戦いにさほど燃えない筆者は、ただの野次馬である。

 しかし、何が対象であれ、他人が「なぜ、熱中するのか?」には興味がある。自分とちがう何かを知りたいためだ。

 そんな筆者だが、たまたまインドで雇うことになったお抱え運転手が、移動中、よくインドのポップスを聴いていた。息子か孫のような世代だが、自分のことを「インドの息子だと思ってくれ」と言って、筆者をダディと呼んだ。

 その彼に「ダディはどんな音楽が好きなの?」と尋ねられた。

 だが、どれか一つのジャンルなど選べない。

「エブリシング! 何でも好きだよ。それぞれにいいところがある」と答えて「一つを選ぶことで、闘争が始まるから」と付け加えた。

 答えの意味を理解したのかどうか、彼は「ダディはキングのようだ」と言った。理想的な支配者の考え方との誉め言葉らしい。

 不思議なハンコ屋さん

 その昔、高校時代に、教室で級友何人かと話していたとき「好きな季節」が話題になったことを思い出した。春、夏、秋、冬、それぞれが自分の好きな季節を答えていた。

 最後に「で、お前はどうなの?」と聞かれて、言いよどんだのは、一つを選ぶのが難しいからだ。実際には春が好きだが、四季それぞれの良さがある。どれか一つを選ぶのは忍びない。

 別に欲張りだからというのではなく、優柔不断と言われればその通りのようだが、必ずしもそうではない。

 運転手の彼は、選ばないという筆者に納得がいかなかったのか「結婚は?」と聞くので「イエス」と答えると「奥さんは選んだのではないのか?」と聞いてきた。

 なるほど、そういうことかと思いながら、実は女房も選んではいない。

 渋谷近くにある不思議なハンコ屋さんが、筆者の象牙の実印を見ながら教えてくれた。

それによると、天界で女房の先祖たちが集まって、筆者を結婚相手として狙いをつけた結果、その通りの運びになったということだ。

 信じなければ、ただのバカ話だが、印鑑にはその人の生き方と人生が色濃く反映されるとのことで、彼が手に取ると、勝手に仏の声が聞こえてくる。その声を伝えているのだという。

 事実、好きだから結婚したとはいえ、それは他に誰も彼女を選ぼうという相手がいなかったこともある。好きで選んだとしても、必ずしも結婚できるわけでもない。

 結婚に限らず、人生はそのようにできている、少なくとも筆者の場合は。

 青春の遊び場

 前回、はじめの一歩として、ダーツの基本と練習の仕方について紹介したが、今回はダーツの魅力について、改めてその面白さを聞こうと、ダーツ案内人のレジェンド小熊恒久氏と先輩の青柳保之氏(青柳運輸代表取締役社長)に声をかけた。

 とはいえ、話が脱線してしまうのは、いつものことだ。

 社長業はさておき、地元運輸業界の重鎮として、春の交通安全週間には何かと行事が多いようで、4月半ばの金曜日に会えることになった。

「エッ!」、その日は筆者の元カノHさんが神楽坂のシャンソンカフェ「シャンゼリゼ」に出演する日である。「まだ歌ってるよ」と教えてくれた美人漫画家のTさんを誘って、行く予定の日であった。

 結局、彼女と行くのは別の日にして、青柳氏に「その日は神楽坂に行くつもりだった」と伝えると「では、神楽坂で会いましょう」ということに相成った。

 彼は昔「銀巴里」で美輪明宏の歌を聴いたことがあると話していた。筆者の元カノはその銀巴里で、美輪さんと一緒のステージに出ていた。銀巴里はシャンソンの名門のため、新人は厳しいオーディションがあって、ある程度、歌が上手いとしても落とされる。

 そんな銀巴里で、しかも美輪さんと同じ日のステージに出られるのは、よほど歌が上手くなければ勤まらない。

 その彼女との出会いは、新宿のジャズスポット「J」である。

 作家やジャーナリストに限らず、多くのアーティストや芸能人が屯する新宿ゴールデン街に失恋の痛手を抱えながら入り浸っていた筆者に、あるときライター仲間の友人がいまはなき厚生年金ホール近くにあったジャズスポット「J」に誘った。

 その日、店にいたのが美人漫画家Tさんである。ジャンルは異なるとはいえ、同じメディアで仕事をしていて取材したこともある身近な存在だった。

 10歳年上の彼女と、店にいたある日、常連で近くのマンションに住むHさんがふらりと現れて、一緒に飲んでいるうちに新宿「J」は筆者の青春の遊び場となった。

 昨日のことのように語っているが、すでに40年以上前のことだ。


 永遠の恋愛の課題

 失恋の痛手はどうやったら癒すことができるのか。最愛の恋人を忘れるにはどうしたらいいのか? 青春につきものである永遠の恋愛の課題、失恋の解消法は、古来、方法はあるようでない。究極、あるのは2つの方法である。

 一つが何年必要かはさておき、時の過ぎ去るのを待つ。もう一つは、新しい恋人を見つけること。後者のほうが、立ち直りは早い。

 筆者は一応、その二通りのことを体験した。「10年待って」と言われて、まさに10年間、彼女との思い出、別れの痛手を引きずった。そして、ちょうど10年後、新しい恋人が現れたことで、初めての彼女との恋愛はひとまず終わった。

 求めて、そうした訳ではないが、結果的に新しい彼女たちと出会うことによって、ようやく「運命なのね」と、何度もつぶやいた恋人のいない心の空白も満たされた。

 ダーツとは関係ない話だが、ダーツの始まりは「ラブストーリー」である。最強の女子プロ・小山陽子は元シャンソン歌手である。

 日本のダーツを盛り上げるのに大いに貢献した小山統太郎氏(JPDO創設者)は、フランスでシャンソン歌手兼モデルの彼女と会って結婚している。後に離婚するとはいえ、シャンソンはダーツにまつわる「ラブストーリー」の始まりである。


 ダーツの面白さ?

 長谷川洋著『英国流ダーツ入門』には練習の仕方に関して「面から点に絞ってねらう」との見出しがある一節に、次のように書いてある。

 上達するにつれ、狙ったところ3本の矢がはいるようになって「あんな狭いところに入るわけがない! と言っていたブルやダブル、トリプルでさえ狙ったうちの1本でも入ろうものなら、俄然面白くなり自信もついてきます。こうなると、さらに安定したダーツを投げたいという欲が出てきて練習も意欲的になります」と。

 あるいはI・ブラッキン、W・フィッツジェラルド共著『英国流ダーツの本』の冒頭には「著者たちの言葉」として「ダーツは室内スポーツとしては最高に刺激的、かつエキサイティングなゲームだ」として「ずば抜けて面白い」と、当たり前に書いてある。

 文中にも、このイギリス生まれのスポーツは、3本の矢を的に向かって投げる、ただそれだけのゲームだから「むずかしいルールなぞ、ひとつもない。お疑いならひとつダートを投げてみよう。外れたらもう一本、そして、さらにもう一本。すると、何かが強烈にあなたの内部からつき上げてくるのが感じられるはずだ」という形で、一人の新しいダーツファンが誕生すると書かれている。

 ある女子プロは、気が進まないままダーツバーで投げたところ「意外にもボードに届いて、面白いな」と、夢中になったきっかけを語っている。

 要は、そんな面白さなど当たり前過ぎて、改めてダーツの面白さを問題にすること自体がナンセンス、野暮というわけである。


 だから人生は面白い

 野暮を承知で、小熊氏に「ダーツの面白さ」について聞いたところ、意外な答えが返ってきた。「ダーツを面白いと思って、やったことはない」と。

 当時「ダーツを日本で一番練習しているのは自分だ」との確信のもと、彼は練習すれば強くなることを、そのまま実証する形で、日本のトッププレーヤーとして君臨した。

 そのことを証明するためにやっていたので「楽しい」というのとはちがうというわけである。なるほど、プロの世界は厳しい。だが、言葉にすることはなくとも、それが10年続くということは、厳しさそのものが楽しさでもあるという世界があるからだろう。

 そんなダーツの厳しさや面白さは、頭では理解できるとはいえ、筆者には人生こそが不思議で、時に辛く苦しくとも、より面白いと思わざるを得ない。

 青柳氏と待ち合わせて、軽い食事を済ませた後、元カノが歌う店に行った。

 店は入り口を入って、半地下に降りていくとピアノとステージがあって、両脇を囲むように席が並んでいる。すでに、ステージは始まっていたこともあり、入り口を入って、すぐのカウンター席に座った。

 前回来たときも、同じだが、そこはステージが終わると出演者が座る、半分スタッフ用のスペースでもある。

 カウンター席からステージを見下ろしてがら、彼女の歌う歌詞とメロディとその声を聞けば、一瞬にして、過ぎ去った昔が思い出とともに蘇る。歌は世につれというが、何とも懐かしーい!

 以下、省略するが、ステージを終えたHさんがカウンター席の筆者に気がついて、青柳氏に二人の関係を説明していた。「奥さんと私と誕生日が一緒なの!」と。

 もちろん生まれた年はちがう。だが、血液型も一緒というのは、個人的には実に微妙である。まあ、だから人生は不思議であり、面白いというしかない。

 それはさておき、神楽坂のシャンゼリゼの店の前は、道路の拡張工事が行われていて、周辺の店もいつまであるかわからない。そんな環境にあって、シャンゼリゼはいまやあるだけ、存続していることだけで価値がある、そんな貴重な店となっている。

 だからではないが、ふとダーツの店に行って、いつも「よく商売として成り立つな」と不思議に感じていたことを思い出した。

 
 
 

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