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女優・吉永小百合が通うプールの水を「量子水」にしたい!?  ウエルネス特集3  2025年3月13日は女優・吉永小百合の80歳の誕生日

女優・吉永小百合が通うプールの水を「量子水」にしたい!?  ウエルネス特集3

 2025年3月13日は女優・吉永小百合の80歳の誕生日


 私が会った女優・吉永小百合!

 νG7量子水の開発者・野村修之社長は、多くの発明家同様、ロマンチストである。

 ベースにあるのは「人類愛」だが、よりロマンチストの一面が剥き出しになるのは、女優・吉永小百合への愛“サユリスト”としての熱量である。

 2025年3月13日に、女優・吉永小百合は80歳の参寿を迎えた。日本の平和な80年を象徴する存在のようにも思える。まさに、戦後日本を代表する国民女優である。

 父親の事業の失敗という家庭の事情もあって、11歳で芸能界入りしてラジオドラマ「赤銅鈴之助」に幕末の剣豪・千葉周作の娘「さゆり」役で出演した。

 天下のサユリストとして知られるのは、早稲田大学中退のマルチタレント・タモリだが団塊前後の世代には、人それぞれ“私の吉永小百合”といった思い出、秘話がある。

 筆者の個人的な思い出によれば、小学校5~6年のころ、クラスメイトが同ドラマに出演していたこともあり、夕方、ラジオにかじりつくようにして耳を傾けた記憶がある。

 団塊の世代の筆者にとって、熱烈なファンというつもりはなくても、浅草のマルベル堂に行って、初めて買ったブロマイドもデビュー当時の吉永小百合だった。当たり前のように「サユリスト」であった。

 長じて、ジャーナリストになったのはただの偶然だが、ジャーナリストになった以上は「何をすべきか、何をしたいのか?」を考えた。結果、ジャーナリストとは何かを真剣に考えたことはさておき、目的にした一つが「尊敬できる人に会いたい」ということ、もう一つが「吉永小百合に会いたい」というものだった。

 尊敬できる人にはなかなか会えないが、もう一つの吉永小百合には、1988年5月に公開された東宝映画『つる-鶴-』の映画化の際に、取材で会っている。彼女の映画主演100本目の記念すべき作品である。

 職業柄、女優をはじめ美人には普通に会っているが、吉永小百合に会ったときに最初に思ったことは、なぜか「この人は山手線に乗っていても会えないな」ということだった。

いかにも「女優」であり、日常生活とは無縁のまま、行くところ、演じるところがすべて舞台になる。

 揺るぎない美とともに、真面目な性格の彼女は、当たり前に誠実である。吉永小百合と比較すると、いわゆる美人女優が色褪せて見えてくる。「ポスト吉永小百合は?」と言われながら、結局、彼女に代わる存在がないのも当然である。

 吉永小百合が泳ぐプールを量子水に

 νG7量子水の開発者「ウエルネス」の野村修之社長は、自他共に認めるサユリストである。だが、銀幕の向こう側に住む彼女の姿は、映画やテレビ画面の中で目にするだけ。

 これまで会う機会はなかった。

 筆者が「吉永小百合に会ったことがある」と知った野村社長は、驚くとともに、羨望の眼差しを向けた。まるで一歩、吉永小百合に会えるチャンスが近づいたかのように。

 2024年9月、15歳上のTVプロデューサー岡田太郎氏(享年94歳)が亡くなった際には、野村社長も多くのサユリスト同様、1973年6月の結婚発表当時のことを思い返して、昨日のことのように怒っていた。

 女優として生きる決意をした彼女にとって、15歳上の岡田氏は多くのサユリストの想像をはるかに超えた相手だが、筆者は賢明な選択として客観的に受け止めていた。もちろん、多くのサユリストの思いはそうではなかった。

「よりによって、バツイチの15歳上のジジイと何が悲しくて結婚するのか。サユリストたちはパニックに陥った」と、当時のサユリストの心情を伝える文章が残っている。結婚により、憧れは無残に打ち砕かれ、恨みだけが増幅されていったためである。

 もっとも「どうせ、すぐに離婚だ!」と言われていた2人は、結局、51年連れ添っている。

 そんな雲の上の存在でしかない吉永小百合だが、サユリストの心情は昔も今も変わらない。

 νG7量子水の開発者である野村社長の仕事は、世の中を健康に、良くするということである。

 あまり自分の都合ばかりを優先すると、折角の量子水の良さが発揮できないこともあるため、私情は禁物だが、相手は戦後80年の平和を象徴する国民的女優・吉永小百合である。

 彼女の女優生命を支えるための健康法は、毎日のスクワットや腹筋運動など舞台に立ち続けるための見えない努力そのものである。

 そして、しなやかで無理のない筋肉をつくるため、40代からは全身運動としての水泳を大切にしていると聞いて、野村社長は俄に心騒いだとか。よく知られているように、全国のプールは衛生上の問題もあって、塩素消毒が基本になっている。

 当たり前に体育で水泳の授業を受けていれば、肌が荒れて髪の毛が茶色くなる。昔とちがって、今はゴーグルで目の安全を守る必要があるなど、健康のためのプールが必ずしも安全ではないとの残念な一面もある。

 週1回、会員制スポーツジムに通っていると聞いた野村社長は、あらゆるツテを頼ってついにそのプールを特定した。

 量子水のパンフレットの他、実際に装置を導入しているプールのデータを持って営業トークに行けば、怪しまれるのがオチだが、少しは耳を傾けてもらえるように、社会的な信用がある医師、代議士秘書などを通じて、アプローチした。

 νG7量子水装置を使うことによって、いかに塩素の害が緩和され、実際に塩素臭が減って、塩素の使用量も減るなど、コスト削減にもつながる事例を用意。彼女のため「無償で装置を提供する」との話を持っていったという。

 吉永小百合の肌を塩素の害から少しでも守りたいとの純粋な思いからの提案だったが、サユリストとしての熱量が大きすぎたためか、逆に「何か魂胆があるのか?」、「宣伝に使用されるのでは?」と、あらぬ心配をされたせいか。折角の野村社長の提案は、実現していない。

 ということは、野村社長の夢はまだ終わっていない。いつか吉永小百合に会って、量子水のプールに入ってもらう日が来るかもしれない。

 サユリスト・野村社長の夢は、いまも続いている。

 
 
 

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