日本のダーツ、始まりは「ラブストーリー」その後の日々 21 ダーツもまた日本独自の進化を遂げていく!? 作家・波止蜂矢(はやみはちや)
- vegita974
- 15 分前
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日本のダーツ、始まりは「ラブストーリー」その後の日々 21
ダーツもまた日本独自の進化を遂げていく!? 作家・波止蜂矢(はやみはちや)

弥彦神社「御神籤」
前号の連載は案内役であるダーツのレジェンド・元日本代表の小熊恒久氏と先輩の「青柳運送」青柳保之代表取締役の3人で会えなかったので、一回休載した。
今回は8月始め、青柳社長の会社から近い巣鴨駅で待ち合わせることになった。
その前日のこと。新幹線のチケットを買うため、新潟駅の「みどりの窓口」に行った。
整理券を手に、椅子に座ると、窓口前の通路にどうも御神籤らしきものが落ちている。越後一宮「弥彦神社」のものである。
そのまま無視していれば、誰かに踏まれて惨めなことになる。以前、総武線でダーツバー「Bee」のウェットティッシュを拾って、意外な展開になったこともある。話のネタにはなるかもと思って拾ってみた。

すでに開いてあった御神籤の「桃桜花とりどりに咲き出でて風長閑なる庭の面哉」との和歌を途中まで読みながら「もしかして大吉?」と思ったら、案の定「大吉」であった。誰かが、折角の御神籤「大吉」を落としてしまったわけである。
ウェットティッシュ同様、警察に届けても、みどりの窓口に預けても、受け取ってもらえればともかく「余計な仕事を増やすな」と言われそうである。大体、処理に困る。
現金などの取得物同様、御神籤の場合も、拾った者の所有物になるのかは微妙だが、通常の取得物なら、3カ月後に自分のものになる。
その場合「大吉」の権利はどうなるのか?
「運勢」は桃桜が咲き匂って「上吉の運に向かいます」とある。

「止まり木ブルース2010」
8月上旬、新潟駅に11時過ぎに行くと、25分発の新幹線前には、すでにかなりの人の列ができていた。改めて、夏休みだと気がついたが、何とか3人がけの窓際に座れた。
だが、さすがに夏休みである。平日でも、長岡駅ではすでに満席となって、座れない人たちが通路に立っている。自由席は1号車~4号車だが、出発時間を過ぎても乗れない乗客を指定席車両の通路に誘導しているため、少し遅れが出ているとか。ビックリである。
だが、出かければ、いろんなことがある。東京・護国寺の出版社に行ったついでに、昼食にお蕎麦を食べにいくと、レジ脇に本が置いてあって「自由にお持ち帰り下さい」と書いてある。
エッ? さすが出版社の多い護国寺だと思ったが、それはどういう関係かはわからないが、競馬評論家・塩崎利雄氏の本「止まり木ブルース2010」(クレイブ出版事業部)であった。
「日刊ゲンダイ」に連載されていた競馬予想を、著者をモデルにした「健坊」を主人公にその週の競馬予想をストーリー仕立てにして読ませるシリーズ本の一冊である。帯の裏に「とまり木ブルース2005」から同「2009」まで全国書店で絶賛発売中とある。
馬券などつきあいで買ったことがある程度で、ギャンブル等は遊び人の兄に任せていた筆者には「とまり木ブルース」が映画化されているとは、ちょっと意外であった。
本には1月のシンザン記念から年末の有馬記念まで、一年間の主なレースの競馬予想欄と結果が掲載されていて、当時の予想とレース結果を横目に、デープな競馬ファンには改めてレースを思い出して一喜一憂したり、さほど競馬に興味がない者も、にわか競馬ファンになったような気分になれる。
ストーリー仕立ての競馬予想が一冊の本になり、映画にまでなる時代である。当連載もそろそろ終わりが見えてきたこともあり、ダーツにも上達法・攻略法以外の本があってもいいように思えてきた。

ピザトーストの発祥?
前置きというか、どうでもいい話が長くなったが、巣鴨駅で待ち合わせて、その日は久しぶりに、人気のイタリアンレストラン「サイゼリア」に行った。老若男女がカップルからグループ、ファミリー層まで、さほど懐事情を気にすることなく利用できる。
しかも、本場イタリア人が日本の喫茶店とかで「ナポリタン」を食べて「こんなのイタリアではあり得ない」と文句を言っても、実際に食べてみれば「おいしいかも」と、彼らを納得させるのが、いわば日本のお家芸である。
そんな中、さらにイタリア人を驚かせているのが、実は「サイゼリア」である。ネット上でも見かけるが、当のイタリア人が安さとクオリティの高さに、すっかりファンになっている。
その「サイゼリア」のメニューにはないのが、日本発祥のピザトーストである。
「イタリア人が脱帽する日本の『ピザ・トースト』。本場とは一味違う、奇跡の融合と発想力」との記事もある。
ピザ・トーストはイタリア人も驚く日本発祥のメニューだったのである。
1960年代、有楽町の喫茶店「紅鹿館」で誕生したと言われている。当時、高価だったピザを手軽に味わってもらいたいという思いから生まれたとか。
その「紅鹿館」は、大学1年生当時、所属していた「マーケティング研究会」の先輩の紹介で、近くの調査会社か研究所でバイトをしたときに、よくランチを食べにいっていた店である。
昔、父親が銀座帰りにお土産に買ってきた「銀座パウリスタ」のケーキもそうだが、意外なところに歴史的な喫茶店との接点があったわけである。

チームバトル2026
本場にはないメニューや工夫を重ねて、日本独自の進化を遂げていくのは、イタリアンメニューに限らない。
ダーツも日本では、世界とは微妙に異なる展開をたどっていくということか。戦場やパブでの余興や賭けではなく、始まりが「ラブストーリー」である。
今日、日本独自のエンターテインメントとして、あるいはカラオケとコラボして、またカラオケに代わる余興やコミュニケーションツールとして、若者をはじめ女性陣にも人気になっている。
そんなエンターテインメントの世界の最先端を行っていたのが、いまや建て替えが毎年のように取り沙汰されている元祖エンターテインメントビルの「ロサ会館」だ。
その「ロサ会館」で、8月23日、去年に続いて8階の「ダーツスタジアム」で「チームバトル2026」が開催された。
元日本代表の小熊氏と「ソフトダーツの神」ことK-PON(佐藤敬治氏)を擁するレジェンドチームが出場するため、午後、顔を出してきた。
その日は午前中に、たまたま池袋・大塚駅間で人身事故が発生。山手線が不通となって巣鴨から池袋に向かっていた小熊氏は、大塚駅で降ろされたとか。
どうやって、池袋まで行くべきか。
すでに、タクシーは長蛇の列、都電も地下鉄もいまいち不便とあって、何と1時間以上の時間をかけて、ヘトヘトの状態で会場にたどり着いたという。
余裕を持って始まる前に着いているはずが、何とか試合には間に合った。だが、ダーツを投げて、矢を抜き取ってもどってくる足元がフラフラの状態で「大丈夫か」とチーム仲間に心配されていたとか。当然、勝負にはならない。
冷房もあるとはいえ、猛暑の夏の「チームバトル」は、小熊氏一人の責任ではないが、若者チームに敢えなく負けて、午後のトーナメントで早々に敗退した。
会場にはレジェンドたちが現役のころ、子どもだった女性が2人ほど来ていた。一人はまだ2歳のころからダーツをやっていた。それが、すっかり大人の女性になっていて、もう一人は高校生の息子と一緒に来ていたのだから、ダーツはゴルフはもちろん、マージャンとかテニスや卓球、ビリヤードなどとも異なる不思議なゲーム、スポーツである。
中には「K-PONに会いにきた」という札幌のチームの面々もいた。意外というか、不思議なダーツのネットワーク、コミュニケーションなのである。
「日本の弓術」とは?
そんな中、張り切っているように見えたのが「ダーツは卒業した」はずの青柳社長である。当日もゴルフに誘われていたという青柳社長は、チームバトルの日だと気がついて、午後しばらくして会場にやってきた。
その後、メンバーに欠員が出たチームの知り合いに誘われて、ダーツを投げていた。
といっても、五十肩の手術をしたとか、傷めたとかで、右手が使えないため、何と左手で投げていた!
「えーっ、右手が使えなくて、ゴルフができるんですか?」と聞いたら、なぜかゴルフは大丈夫なのだとか。
なるほど。力の入れ方に関しては、日本文化を理解するため、大正末期から昭和にかけて来日したドイツ人哲学者オイゲン・ヘリゲル述『日本の弓術』(岩波文庫)の体験が参考になるかもしれない。
ヘリゲル博士が弓道の達人・阿波研造師範から弓道を学んだ後、ドイツに帰ってから行った講演が元になっている書だが、そこには「弓術はスポーツではない」「的を狙うな」といった西洋合理主義とは相容れない考え方に満ちている。阿波師範の言葉に困惑しつつその教えを身につけていく様子が興味深い体験談となって書かれている。
「弓を引くには全身の力を捨てよ。ただ精神力をもって引け」と教えられた。結果「的を狙うな」「目をつぶれ」と言われて壁にぶちあたるヘリゲル博士に、師範はある夜、真っ暗な道場に彼を誘った。線香を一本、的の前方に立てると、真っ暗闇の中、2本の矢を執って、ほとんど見えない的に矢を射った。
一本が的中して、二本目は何と矢の筈(はず)に当たって、二つに割けていた。
弓道が技術ではないこと、理屈を超越したものであること、弓を引いた瞬間は宇宙と一体をなすべきものであるというわけである。
以前、青柳社長がTDO(東京ダーツ・オーガニゼーション)の会長をしていた当時、5円玉の穴に手裏剣を刺す達人がいた。その人物に「ダーツをやればチャンピオンになれる!」と目をつけて、話を持ちかけたというが、やってくれなかったと話していたことがある。
どの道にも達人はいて、手裏剣の技を極めた人物にとって、5円玉の穴に刺す技は一つの象徴であり、それ自体が目的ではないということだろう。
たぶん、余計なことに手を出すと、邪念が湧いて、肝心の手裏剣自体に悪影響が生じると考えたのではないか。

大阪のダーツビル
「ダーツ道」とは言わないが、日本のダーツが世界とは微妙に異なり、独自の展開をするのも、いかにも日本らしい。
世界では、武器は戦争の道具として進化を遂げていくが、ここ日本では芸として美として、つまりは道として完成していく。
とはいえ、ハードダーツからソフトダーツが主流になって、日本のダーツは愛と平和をベースに、総合エンターテインメントの一角を占めるものとして、独自の展開を遂げているようである。
プロダーツリーグを主催するセガグループの「ダーツライブ」や日本初のソフトダーツプロトーナメント団体を設立した「パーフェクト」の存在とその力は無視できない。しかし、日本初の大型レジャービルをうたい文句にしていた「ロサ会館」の後を継ぐ代表的な存在となると、身近なところでは、昨年、大阪・道頓堀に青柳社長曰く「ダーツビル」のネットカフェ&カラオケ「DiCE」道頓堀店を建てた株式会社ディスクシティ・インターナショナル(神奈川県横浜市/三田大明代表取締役)ではないか。
当連載12回目(「ウエルネス@タイムス」第52号)で紹介しているように、ダーツはネットカフェ&カラオケに欠かせない世代を超えたゲームという位置づけのように思われる。事実、将来のダーツ予備軍の存在を意識した店作り・運営システムを駆使している点など、実に巧みな事業展開をしている。
そんなわけで、一度、小熊氏と一緒にダーツに関する話を聞きにいきたい思って、青柳社長に紹介を請うと、夏休みはハワイで過ごすので、日本にはいないとのことだ。
もともと青柳社長の妹がやっている浅草のふぐの名店のお得意客で、妹のご主人のゴルフ仲間だったとのことである。
不幸にして、妹のご主人が亡くなった後、どういうわけか青柳社長が代わりにゴルフを付き合うようになって、先日は三田氏がホールインワンを出したとかで、そのお祝い会が9月に軽井沢の別荘で開催されるとのことであった。
チラッと聞くだけで、ダーツはさておき、不思議な縁のつながりである。



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