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 「1ドルで家を建てた話〜SWEAT EQUITY〜」   九州大学学術情報リポジトリより 「発明の周辺」 その4 松原幸夫 


 「1ドルで家を建てた話〜SWEAT EQUITY〜」
   九州大学学術情報リポジトリより 「発明の周辺」 その4 松原幸夫 



 アメリカの空き家と解決策

 その昔「アメリカがくしゃみをすると日本が風邪を引く」と言われていました。

 事実、多くのビジネス・文化・ファッション・娯楽の流行などは、大げさに言うと、ア

メリカを見ていると、5年後には日本に上陸し、一世を風靡すると信じられていました。

 その警句を、いまでもたまに耳にすることがあるのも、アメリカの影響力がそれだけ大

きく、重要だったためです。

 日本のカラオケ文化がアメリカでも広がりつつあった1980年代のアメリカ社会で、

日本と大きく異なっていたのは、ごく普通に同性のカップルが目立っていたこと、セクハ

ラ問題が訴訟になっていたこと、幼児誘拐が頻発していたことなどです。

 当時、ごく普通の住宅にもあったプールは、いまだ日本に上陸していませんが、その他

の面ではどんどんアメリカ化が進んでいます。

 以下は「九州大学学術情報リポジトリ」に発表された「発明の周辺 その4」で、日本

でも問題になっている空き家と、その解決策に関する興味深いレポートです。

            *             *

 SWEAT EQUITY(労働提供型持ち家制度)

 1ドルで家を建てた話を聞いたことがある。その方は、70歳を過ぎて会社を退職し、

現在は悠々自適の生活をしている。彼はアフリカ系アメリカ人で、何ごとにも楽しむ精神

が旺盛である。

 彼が30歳の時、空き家だった隣の家を1ドルで買って、それを自分で修理して家を建

てたのだそうだ。平日は午後6時から6時間、それと土曜日を使って3カ月で古い空き家

をリニューアルしたのだ。

 当時、米国では大量に空き家があった。この解決策として、SWEAT EQUITY

(労働提供型持ち家制度=スウェット・エクイティは「汗で得る資産」の意)があった。

この制度を利用して、彼は隣の空き家を1ドルで購入し、内装も外装も自分でリノベーシ

ョンして30歳の若さで、まるで新築同様の家を手に入れたのだ。

 我が国でも2021年の空き家率は過去最高の13・6%で増加傾向にあり、大きな社

会問題となっている。その一方で、山林を切り拓き、新築住宅を建てる動きは止まらない。その乱開発のせいで土砂災害が起き、動植物の生態系が破壊されている。

 近年、若い人たちは家を持つことが困難になってきている。この制度を我が国に導入す

ることができれば、空き家問題が解決するだけはなく、環境が保全され、若者の夢も実現

し、一石三鳥の施策ということができる。

 米国は、DIY(Do−it−yourself)がもともと盛んなところで、オフィ

スワーカーなども日曜大工を趣味にしている人が多い。

 私がメーカーに勤めていたとき、当時米国で最大手のITメーカーとライセンス交渉し

たことがある。この案件は、こちら側が権利者だった。友好裡に契約交渉も終わったので

相手方からお礼にディナーへ招待された。場所は、麻布のアメリカンクラブで手ごろな料

金で本格的なコース料理が食べられるとのことだった。

 その席には、相手方の日本法人の知財部長も同席した。彼の趣味は日曜大工で、アメリ

カにいるときは週末になると家の修理をしていた。彼は、本当は大工になりたかったのだ

が、成り行きで知的財産の仕事をすることになった。彼のご子息は、彼の果たせなかった

夢を叶えるため、大工になったとのことだった。

 彼は、通勤ラッシュが嫌いでオートバイで通勤していた。土曜日の午前中は奥様とボラ

ンティア活動をし、午後はショッピングやコーラスを楽しんでいた。



 リンガフォンの米語

 私は、彼の話し方がリンガフォンの米語コースの英語とそっくりで、とても美しいとい

ったら喜んでいた。私が初めて中学校で英語を習い始めた頃、家にあったリンガフォンの

英語コースの声があまりに美しいので、はじめのほうだけは何度も聞いていた。中学1年

の5月頃からは宿題だけで手一杯で聞かなくなった。社会人になってからもあの声の響き

と何気ない日常会話が懐かしく、50年ほど前の古いリンガフォンのSPレコードをネッ

トで買った。今でも時々聴くことがある。

 なぜあの時代のリンガフォンが好きなのか、自分でもよくわからない。確かにアメリカ

英語は美しいのだが、リンガフォン社のアメリカ英語のとらえ方も美しいと思う。リンガ

フォン社は英国の会社だ。その意味では英国の文化と米国の文化のベストミックスととら

えることもできる。

 最近聞いた話だが、アメリカの女性も、昔のように専業主婦になって自分で料理を作り

ゆったりとした時間を楽しむ人が増えてきているようだ。車を持ったり、外食したり、海

外旅行をすることよりも、毎日の自分の生活を大切にしているのだ。私と同じように、あ

の頃のアメリカに憧れがあるのかもしれない。



 空き家のリノベーション

 話が脱線してしまったが、このSWEAT EQUITYのような取り組みは、国や自

治体から特別な支援を受けなくてもできることである。

 空き家の処分で困っているシニアと自分の空き家をリニューアルして家を持ちたいとい

う若者との出会いの場をつくれば、容易にこの問題は解決できるのではないだろうか。近

年空き家バンクや空き家対策特別措置法など様々な取り組みがなされてきているが、SW

EAT EQUITYのように、若者たちの夢を叶える仕組みもあってもよいと思う。こ

の制度では買い手は地元の人たちを対象にしており、地域のきずなを深めることも目的と

している。そしてリノベーションのスキルがない人に対する教育プログラムも用意されて

いる。

 空き家のリノベーションのやり方は、最近はYouTubeの動画で懇切丁寧に教えて

くれるので、このような制度がなくても驚くほど低コストで自分好みのマイホームをつく

ることができる。できた家も魅力的だが、何よりも自分の手で家を作るプロセスそのもの

が、ごちそうである。短期間で頑張ってやる必要はなく、数年かけてじっくりと楽しみな

がらやればよい。味をしめてDIYで2軒目を作り、低価格で貸し出せば、副業にもなる

し、街の人たちにも喜んでもらえる。この過程を動画サイトで紹介すれば、後に続く人た

ちも現れるであろう。

 売り手の方も、このような地域の若者と街の活性化につながる取り組みのためなら、自

分の家を手放すことができる。そして何よりも思い出のある家がそのままの形で保存され

るので、家も家主も喜ぶと思う。

 私の知人で空き家の処分で困っている方がいた。田舎なので借りる人もなく、固定資産

税はかかるし、庭の雑草で近隣から苦情が来たり、違法駐車はされるし、散々な目にあっ

ていた。遠方なので自分で管理することもままならず、不動産屋にその管理を委託すると

またその管理費がかかり困っていた。

 不動産屋に頼んで売りに出したが、結局買い手がなかなか見つからなかった。十数年前

に近所の人からその土地を安く譲ってほしいという申し出があったのに、応じなかったこ

とが悔やまれるとのことだった。シニアと若者が譲渡に仮合意し、契約と移転手続きを不

動産屋に依頼すれば、売り手、買い手、不動産屋三方よしの取り組みとなる。



 カナダ先住民一行の来日

 話は変わるが、十数年前カナダの先住民の一行が来日し、日本の住宅の新築を止めてほ

しいと陳情に来たことがあった。日本の住宅に木材を供給するためにカナダの森林破壊が

進み、森も動物たちも危機に瀕しているとのことだった。日本でも最近猪や熊が田畑や住

宅地に出没し、危険だから駆除してほしいという話をよく聞くが、天然林がもっと豊かだ

った頃は、動物たちは山の中で静かに幸せに暮らしており、人里に姿を見せることはほと

んどなかったのではないだろうか。

 地球全体でみても森林面積は1990年〜2020年の30年間で1億7800万ha

(世界有数の森林大国である日本の国土面積の約5倍)が減少している。森林の減少は、

動植物の環境を破壊するだけでなく、世界各地で土砂災害や河川の氾濫の引き起こしてい

る。

 以前、このブログで、1666年に江戸幕府が出した山川掟を契機として、日本全体が

「インフラをつくる時代」から「インフラを使いこなす時代」に転換したことを書いたが

まさにこのSWEAT EQUITYがよい例といえる。

 これから始まる新しい時代を心豊かな時代にするためには、暗黙知の醸成が喫緊の課題

であることを拙稿で述べたが、DIYでノコギリや金槌を使って、手足を動かし体を動か

すことが、暗黙知の醸成には何より大切なことである。

 SWEAT EQUITYの取り組みは、地球全体から見れば小さいな一歩だが、「つ

くる時代」から「使いこなす時代」へ流れを変えるための布石になる。空き家の利活用で

人も街も自然も喜ぶ心豊かな文化がよみがえってくるのではないだろうか。

            *              *

 松原幸夫氏の「暗黙知」に関しては「ウエルネス@タイムス」第5号で「コロナパンデ

ミックと暗黙知」で、簡単にレポートしています。

 そこでは、日本の伝統的な文化・施策が、昨今流行になる持続可能性あるいはSDGs

(持続可能な開発目標)を先取りする形で、行われていることがわかります。

 一足飛びに、その世界を再現することは不可能ですが、アメリカの変化はやがて同盟国

・日本にも波及することになるはずです。

 その変化を、どう意識して、うまく利用するか。暗黙知に長けた日本社会の変化そして

控えめなチャレンジに期待したいと思います。



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