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日本の暑い夏 @タイムス情報  「靖国神社」宮司を脅迫した浦田雅治氏の「中翼」「天皇主義」とは?


 日本の暑い夏 @タイムス情報
 「靖国神社」宮司を脅迫した浦田雅治氏の「中翼」「天皇主義」とは?



 恩讐を超えなければ平和は来ない

 また、日本の暑い夏がやってきた。

 近年、地球規模の異常気象・温暖化に加えて、ロシア・ウクライナ戦争が続く世界そし

て日本の夏は、ますます暑い夏になっている。

 もともと日本の夏は、お盆休み、夏祭りなど、様々な伝統文化を背景にした平和な催し

がある一方、戦争の結果である長崎・広島の原爆、そして靖国神社・千鳥が淵戦没者墓苑

での祭典、慰霊祭が行われてきた。



「ウエルネス@タイムス」は、これまで昭和天皇の戦後処理のため、毎月15日に靖国神

社参拝、23日に天皇家の神事を司ってきた白川神道・白川伯王家墓前での祭典を続ける

一般財団法人「梨本宮記念財団」梨本隆夫代表理事と、時に行動を共にしてきた。以前に

何度かレポートしてきた通りである。

 第18号では、A級戦犯の合祀に関して「東条英機の合祀は早すぎた」といった手紙な

どを、執拗に靖国神社宮司に送って逮捕されるなど、新聞沙汰を起こした倉敷の古物商・

浦田雅治氏を訪ねたレポートを掲載している。

 浦田氏から直接、資料と手紙が送られてきたからだが、同レポートでは「何事も分けて

いる間は対立は止むことはない」。つまりは「恩讐を超えなければ平和は来ない」と、修

養団の創始者・蓮沼門三の詩「明魂」を示すなど、浦田氏の主張に対して「ウエルネス@

タイムス」の立場をレポートしている。

 倉敷を訪ねた際にも、同様の説明と日本の和の文化について話したが、結局「東条さん

の合祀は時期が早かった」との自説を改めることはなかった。

 その後、浦田氏から届いたのが、以下のような手紙と資料である。



 A4版「原稿用紙」箋の手紙

 浦田氏の手紙は、A4版の原稿用紙箋に細い活字のような字でていねいに書いてある。

本人は発達障害があると話しており、長く集中力は続かないというが、体言止めなど、独

特のスタイル、こだわりがあるようだ。


 2月11日の手紙には「1.私のなかよくは『仲よく』です(笑)」と書いてある。

「ウエルネス@タイムス」のレポートにおける右翼と左翼の中間の「中翼(なかよく)」

は、自分の「なかよく」とはちがうという指摘のようだが、もとより「中翼」は右も左も

「仲良く」という意味での中翼(なかよく)である。

 何でも分ける西洋発想の二元論ではなく、和、陰陽等の一元論の世界では、右も左も一

つ、敵も味方も、悪も善も一つである。

 その後、2月19日に届いたのが、以下の手紙・資料である。

 手紙は1から番号を振って、個条書きに書いてある。その文面は次のように始まる。

「1.当日は微糖か、無糖を確認。缶コーヒーでも求めた応対が本来かと。カゼによる気

力の萎えで果たせず。恐縮な経緯を深謝」

 2は、編集部から送った手紙とレポートを「拝受、感謝」とあり、以下3から9まで続

いている。

 浦田氏の主張をまとめた「実録」など資料の該当個所を示して、靖国神社宮司への手紙

の真意、送検の度に署長以下数10名が両脇に並んで見送ってくれたことなど、いわば国

士としての扱いを受けたこと。蓮沼門三の「明魂」を読むようにという指摘には、納得が

いかないのか「小学6年生程度に読み聞かせるよう解説していただけると幸甚」とある。

 その一方で「私の毎日は佳境。怒り、憎しみ、焦り、不安なし、少しでも“神”の領域

に近づけたらと願うのみ」と書いてある。「明魂」は神の領域、悟りの世界を、水に映る

満月を通して示している。明鏡止水という言葉があるが、水面に映る波風に揺れる月は、

月の真実の姿ではない。

「怒り、憎しみ」がないはずの浦田氏が、東条等、戦犯に対しては怒り、憎しみを抱いて

いるのが、不思議ではある。



 浦田氏からの手紙に対する返信

 いくつか、気になることもあり、倉敷を訪ねるに当たって、以下の靖国神社のA級戦犯

合祀並びに昭和天皇に関する見方をまとめて送っている。


          *                 *

 浦田様の「中翼」(なかよく)は「仲良く」だということですが、私の中翼もひらがな

で括弧してますが「仲良く」のことです。

「仲良く」が基本の浦田様と私の「仲良く」がちがうのは、例えば靖国に祀られているA

級戦犯、特に東条を排除して「仲良く」を掲げていることです。

 私の仲良くは、東条も一緒なので、分ける気はさらさらありません。

 以前も語っているように、敵も味方も一緒、悪と善、毒も薬も分けない。西洋の二元論

ではなく、一元論が基本だからです。日本の神の世界、和の文化を基本にした考え方から

きています。

 実際に、殺人者も左翼(共産党及び赤旗記者)、公明党(創価学会)、統一教会等との

つきあいもありましたが、すべて仲良くというのが、私のスタンスです。

 それはA級戦犯であっても、変わりはありません。

 分けるのではなく、一つにするということは、敵が味方・同じ仲間になるという「和」

の力、日本の知恵です。

 天皇の思いを知らない連中が、自らに都合の悪い連中を排除するのです。

 そこでは、何事も分けるのは、相手の土俵に立つことになります。そして、再び対立・

争いが生じて、止むことはありません。

 A級戦犯分祀はGHQが望んだ通り。何でも分ける外国人の発想=日本の否定です。

 合祀は本来の日本の在り方を取り戻す作業。すべてを水に流す禊ぎ。喧嘩両成敗。死ね

ば神・仏という、日本文化の再構築でもあります。

 その際、浦田様(反日の中国、韓国等)が、靖国のA級戦犯合祀について、昭和天皇の

発言をまとめた、いわゆる富田メモ(天皇がA級戦犯合祀に不満をもらしたという)を持

ち出して語るのは、天皇の価値を否定する結果になります。

 東条云々と言いますが、その東条を重用したのは誰か? 昭和天皇もその一人です。

 戦後、都合が悪くなったら「東条の奴め! よくもだましたな」というのでは、世間の

反応と変わりません。

 天皇が、仮に不満をつぶやくことがあったとしても、それは自ら至らぬ点に対する反省

のようなもので、正しい神の振る舞いは「子どもの悪戯に、いちいち対応していては大人

げない」というものです。

 時に天皇もまちがう。特に「祈りが足りない」というのは、古来、天皇周辺で常に言わ

れてきたことです。

 できた人間、聖人君子は青筋立てて逆上するでしょうか。個人的な怒りを露にするでし

ょうか? たまに、そんな連中がいるのが、困ったものですが、それは単なる例外です。

 例えば、彼らが子どもがいたずらをしたときに、青筋立てて「このガキ、ふざけるな」

と言って叱ったとしたら、どう思うでしょうか?

1.正しいと思う。自分もそうする。

2.恥ずかしい、大人げないと思う。

 1が支配するのが、今日の世界かもしれませんが、結果、世の中、争いが絶えない。平

和が来ない一つの理由です。


 仁徳天皇作といわれている歌に、

  高き屋にのぼりて見れば煙立つ民のかまどはにぎはひにけり

 というものがあります。高殿に登って、民のかまどから立つ煙を見て、庶民の暮らしが

豊かなしるしだという内容です。

 あるいは、明治天皇は「よもの海みなはらから」と、世界はみな兄弟だと歌にしていま

す。

 それが天皇の大御心です。

「明魂」に書いてあることは、そういう世界です。

「霊主体従」という言葉があります。魂・心が大事で、物・肉体が中心ではないという、

古来からの考え方です。ところが、西洋文明の影響下にある現代は、霊と体とが逆転して

「体主霊従」の時代だというのが、心ある人たちの捉え方です。その結果、ご存じの通り

モノは豊かになったとはいえ、カネ万能の時代となり、弱肉強食の果ての格差拡大ととも

に、対立・争いが絶えない世の中になっているわけです。

 修養団の創始者・蓮沼門三の書いた「明魂」には、他人を裁く目を転じて、自分の魂を

見つめよと書いてあります。

 悟れる人、覚者、聖人等の人の模範となるべき優れた人物は、恨みを抱かない、すべて

をゆるす。天皇の大御心のような澄んだ心境を理想とし、真実を見通す目を自分に向けよ

と語っているのです。

 迷える者に対して「父を怨むな兄を呪うな。妻を責むるな子を罵るな」という先には、

例えば恨み呪い責め罵る相手としての「東条を許せ」ということが暗に記されているわけ

です。

 東条相手に怒っているうちはストレスになる。不愉快な思いが抜けません。

 怒りを返上し昇華すれば、ただ苦笑するしかない過去の思い出となる。それが「人のこ

とは言えない。いつか来た道。明日は我が身」という世の中の法則です。

 それがわからないうちは、時に瞬間湯沸器のような怒りに、あるいは内に秘めた呪いや

怨念のような思いに、捕らわれ続けるしかない。それがいまの世界の在り方です。

 自らは武器を手に「平和」を説き、相手に「武器を捨てろ」と命じています。

 くだらない人間たちの、よくある振る舞いです。

 それをしないで、あるいはできないから、するつもりもないというのでは、戦争がなく

なるはずもありません。つまり、世界は戦争を止めたいとは、真剣に思ってなどいないと

いうことです。

「歴史に学べ!」と、日本に言う連中は、人類の歴史がそのまま「戦争の歴史」だと知っ

ているので、いまも戦争に余念がないわけです。歴史を学んだ結果です。

          *                 *




 以上は、浦田氏に限らず、A級戦犯合祀に反対する勢力並びに「鎮霊社」の価値を知ら

ない人たちに向けたメッセージでもある。


 「富田メモ」をどう考えるか

 なお、浦田氏が東条英機の合祀を「時期尚早」とする根拠の一つにしている、いわゆる

富田メモに関しては、天皇本人ではなく、引退に際して富田氏の見解を述べたものが、天

皇の発言とされたとの見方もある。自民党、保守層では、この見解を取る意見が多いよう

だ。

 だが、問題は、誰が発言したかどうかではない。神社関係者が合祀問題で発言している

ように、もともと靖国に限らず、神社には特定の神とのつながりはあっても、分祀という

発想はないということだ。

 それが、なぜA級戦犯の分祀が行われ、後に合祀されることによって、問題になったの

か。ひとえに、世の中の形勢、人間社会の事情でしかない。

「東条憎しの感情は、いまなお多くの国民が持っている正直な思いである」と、合祀に対

する反論がいまも根強くあるのも、そのためである。

 神社、神の世界はそうした人間社会の在り方を超越したところに、長い歴史を刻んでき

ている。和の伝統・文化を象徴する神道・神社界では、徹底した平和の追求、戦争・対立

の解消の方法を、歴史の中で示してきた。

 そこでの神社の役割は因縁(ものごとの起こる原因)の由来に向き合うことによって、

起きたものは仕方がない。その後を生きる知恵として、未来思考の発想による怨念解消、

慰霊鎮魂を大きな使命の一つとしている。

 具体的には、日本の神社は敵や悪さえも神として祀ることで、怨みも怒りも鎮めて、後

世への災いをなきものにしてきた。そこでは、歴史的な「正解」も「間違い」も、ほとん

ど歴史の必然でもある。

 あらゆる世界の戦争被害者を祀った「鎮霊社」を建立した平和主義者として知られる筑

波藤麿宮司は、A級戦犯の合祀は時期尚早だと語っていたと言われている。その真意は、

生前語っていたように「世界の諸国がお互いに理解を深め、本当に平和を望むなら、かつ

ての敵味方が手を取り合って、神として我々を導かれることこそ一番大事なことだと思い

ます」というものだ。

 事実、筑波宮司の時代には合祀はなされなかったが、その後を継いだ松平永芳宮司の時

代に合祀が行われて、靖国問題は急速に政治問題化されていった。

 その背景には、中国人・韓国人は言うに及ばず、多くの日本人が実は「日本の文化を知

らない」という事情がある。

 昭和天皇の発言に関しても、富田メモが事実だとしても、伝え方というものがある。天

皇の価値を貶めることは、側近失格でしかないからだ。

 どういうことか?

 どんな優れたリーダーも時として間違う。間違いにどう対処するかが、むしろ重要なこ

とである。

 つまり、天皇がいつも正しいわけではない。もし、正しいのならば、負けるとわかって

いた太平洋戦争を、どんなことがあっても止めていなければならない。だが、負けがわか

っていても、戦争回避が許されない世界情勢があり、最終的に広島・長崎への核爆弾投下

があり、終戦後の平和憲法が成立した。

 済んでしまえば、それが歴史の1ページになる。その歴史に終止符を打つために、日本

では戦争の終わりを意味する「終戦」と表現したわけである。そこにおける価値あること

は、平和のためになるかどうかでしかない。相手の非を責めて、自らの正義を貫くことは

報復の連鎖を招くだけだからである。




 無駄になった倉敷訪問

 2023年6月17日、浦田氏の住む倉敷市を訪ねた。

 浦田氏からの手紙に、これまで自分が集めた指揮刀をはじめとした刀剣類、陸海軍の軍

服、装備、多くの資料などに関して「私の所有の数々を、沖縄に委ねたい。これを執り持

っていただけないでしょうか」とあり、同様の依頼をある女性評論家にも「お願いしてみ

ます」と書いてあったためである。

 浦田氏の収集物の処理を頼まれるだけの信頼関係があってのことだと理解して、本人に

会った際、平和の事業家として知られる小松電機産業の小松昭夫社長(「人間自然科学研

究所」理事長)にでも、話をつなごうかと思って連絡したところ「会いたくない」と拒否

された。

 自分の主張を伝えるためには、恐喝騒ぎを起こすほど熱心で、何度も靖国神社宮司をは

じめ、関係各方面に執拗な手紙を送り続けてきた浦田氏だが「ウエルネス@タイムス」の

親身になって(?)の対応は、自らの見解とは異なり、不本意でしかなかったようだ。

 結局、無駄足になってしまったのも、個別な事例をいくら持ち出してきて、どんなに検

証したところで、対立は収まらないからだ。後に残ったのは、逃げられたとの印象である。



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