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「昭和100年、戦後80年」 靖国神社の2025年8月15日  早河策毘頼著『梨本宮家と靖国の影』(三和書籍)いよいよ刊行!

「昭和100年、戦後80年」 靖国神社の2025年8月15日

 早河策毘頼著『梨本宮家と靖国の影』(三和書籍)いよいよ刊行!


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 靖国神社に向かう道

 2025年8月15日の終戦記念日、東京・九段下駅に降りた。その日、九段下駅は日本の暑い夏を象徴する靖国神社、皇居・北の丸公園に続く田安門、さらには千鳥ケ淵戦没者墓苑への乗降客が行き交う要衝となる。

 特に、靖国神社へと向かう出口は、エスカレーター前に長い列ができている。地上に出ると、普段とは異なる光景が眼前に広がっていた。

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 戦前は普通の神社同様、お祭りの屋台が並んだという靖国神社だが、いまは屋台の代わりに、富士大石寺顕正会の「顕正新聞」や富士山のカラー写真が目立つ「日蓮大聖人の仏法」を配る人。「法輪功」のパンフレットや冊子「MINGHUI(明慧)」を配る人。

「ロシアに抗議」と書いた一般社団法人・シベリア抑留解明の会「ツインバッヂ運動」の見開きのチラシを配る人。「国旗国歌推進対策協議会」の国旗と国歌「君が代」の意味を書いたチラシを配る人。それぞれが神社に向かう人たちに声をかけている。

「あなたの家族が拉致されたら無関心でいられますか?」と書かれた北朝鮮による拉致問題のブース(?)もある。

「北朝鮮に拉致された日本人を救出する埼玉の会(救う会埼玉)」のチラシには「北朝鮮に拉致された可能性のある方々(特定失踪者と呼ばれる方々)、全国で800名以上」と書かれている。

「ストップ・ウイグル・ジェノサイド」と英語で書かれたチラシと小冊子「私の身に起きたこと(とあるカザフスタン女性の証言)」を配る人。

「日本を利用し尽くした中国共産党」と書かれた「大紀元(エポック・タイムス・ジャパン)のチラシを配る人。

 あるいは「小学校社会科教科書を正す会」の「史実を捻じ曲げ嘘を書く小学校『社会科教科書』比較!」の見開きのチラシ、「新しい歴史教科書をつくる会・東京支部」の「南京は占領したが『南京事件』はなかった!」と書かれたチラシを配る人等々。

 中にはA4のコピー用紙に「戦没者を助けてください!」と赤字でプリントされた「遺骨収集ボランティア『ガマフヤー』代表の手作りチラシもある。そこには、以下

 防衛省と戦没者の尊厳を守れ! 

 沖縄戦没者の遺骨の混じる土砂による埋め立てをやめよ!

 (東京大空襲の指揮官)カーチス・ルメイの叙勲を取り消せ!

 などと書いてある。

 右翼から左翼まで入り交じって、声高に各々の主張を繰り広げながら、盛んに宣伝物を配っている。その様子は神社のお祭りの日の参道で見られる屋台の代わりだと思えば、いかにも8月15日の靖国神社らしいということか。

 町中のティッシュ配り同様、受け取らない人が多いと言いたいところだが、ティッシュよりは確実に受け取る確率は高い。配る側もそれだけ気合が入っているようである。

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 世界の戦争の中の靖国神社

駅から靖国神社の大鳥居を前にした早稲田通りの信号を渡って、参道を進むと、第二鳥居前で参拝者の列に直面する。その人込みの最後尾が、一般の参拝者の列である。「ここからおよそ2時間30分かかります」と、係員がハンドマイクで説明していた。すごい賑わいである。

 8月15日に靖国神社を参拝するのは、10数年ぶりのことである。当時はいま以上に政治的に注目されていたとはいえ、これほどの人込みの記憶はない。以前は遺族中心の保守的な印象があったのに対して、現在は家族連れ、若者、インバウンドの外国人を含めた老若男女が詰めかけている。

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 正月の明治神宮などと同様、参拝客は静々と列に従い、参拝の順番を待っている。

 右翼と左翼が大立ち回りを演じたこともあるという靖国神社の8月15日だが、昭和100年、戦後80年の節目とあってか、目立った混乱はないようだ。

 世界ではいまも戦争・紛争が続いていることが信じられないような、戦争とは無縁な光景が展開されている。

 大体が、戦争賛美、戦争美化など、さんざん言われてきた靖国神社「遊就館」の展示自体、実際に見てみれば「どこが戦争賛美なのか?」という内容である。国を思い、親を思い、愛と平和の尊さを伝えている。

 参拝の列に並ぶ余裕はないため、筆者は手水舎に立ち寄った後、神門脇を通り抜けて、鎮霊社に向かった。そこは世界の戦没者、戦争の犠牲となった人たちを祀る社である。

 鍵のかかった門前で先客の参拝者3人が、熱心に手を合わせていた。

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 宮内庁が訪れない目黒祐天寺

 その日、12時前、靖国神社を後にして渋谷経由で目黒祐天寺駅に向かった。毎月15日は、一般財団法人「梨本宮記念財団」梨本隆夫代表理事が靖国神社参拝並びに北朝鮮の軍人・軍属の遺骨が眠っている目黒祐天寺に慰霊・供養に訪れる日である。

 お盆休みの祐天寺は、通常は祭典・供養などは行わないようで、ひっそりとしていた。

 寺によれば、宮内庁は朝鮮人軍人・軍属の遺骨を収めた舎利殿にも、墓地にある大正天皇生母の墓にもお参りすることはないという。

 目黒祐天寺には宮内庁に代わって、わずかに8月初め、厚生労働省の担当者が年に1度だけ参拝に訪れるという。

 その舎利殿や大正天皇生母の墓も荒れたままの状態だったものを、いまの状態にしたのも、梨本宮記念財団の仕事である。

 国交のある韓国の軍人・軍属の遺骨はすでに韓国に返還している。残る北朝鮮の軍人・軍属の遺骨は、小泉純一郎元首相と一緒に北朝鮮に行った安倍晋三元首相に、その橋渡し役をと思って期待していたのだが、結局、梨本代表理事の期待に添えないまま鬼籍の人となっている。

 とはいえ、朝鮮人軍人・軍属の遺骨を含めた昭和天皇の戦後処理を、いくら梨本宮記念財団が天皇家に成り代わって執り行っているとしても、天皇家に代わっての祈りは、残念ながらある程度の力しか発揮することはない。

 事実、先祖供養が足りない結果、天皇家に様々な問題が立て続けに起きている。当たり前のことである。

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 語られなかった本当の話

 今回、筆者が靖国神社並びに目黒祐天寺を訪ねたのは「ウエルネス@タイムス」で断続的に掲載されてきた「無名ジャーナリストの仕事」が、早河策毘頼著『梨本宮家と靖国の影』(三和書籍/2000円+税)として上梓されることになった、その御礼と報告のためである。

 同書は「ウエルネス@タイムス」上に掲載されてきた記事・レポートが本になった初めてのケースでもあり、貴重な成果ということになる。

 本の帯には「あなたの“常識”は、どこから来たのか? 天皇制をめぐる誤解と真実」

「男系・女系、旧宮家復活、靖国、戦後処理。この国の「根っこ」に迫るとき、そこには“語られなかった本当の話”があった。」

 裏には「『昭和100年、戦後80年日本の霊性を守り抜いた者たちの物語』 天皇制の存続、霊性の覚醒、そして日本の未来。」「戦後日本の真実と、目に見えない力の導きが織り成す歴史を、現代に生きる私たちはどう受け継いでいくのか。昭和天皇、靖国神社、そして未解決の歴史的な問題の核心に迫る。」と書かれている。

 表紙袖には、著者紹介とともに、本文から以下のように引用されている。

「霊と肉がついに交わることがない西洋世界に対して、日本では霊性の意義を精神(心)または物(物質)に対峙させた考え方の中では、矛盾・闘争・相剋・相殺などが免れないとして、二元的世界を超越することを求めている。社会の分断、差別、戦争など、あらゆる対立から来る問題は、まさに霊性の覚醒・向上なくして解決はないということだ。そして、そこにこそ日本の役割がある」と。

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原爆碑「過ちは繰り返しません」

『梨本宮家と靖国の影』の帯のコピーは、最初の読者である編集者によるものだが、本書の内容が西洋文明世界の影響を多く受けてきた人たち、特に戦争好きな人たちには、どこまで伝わるかは心もとない。

 8月15日の談話にこだわったという石破茂首相は、先代である父の影響もあって「敗戦」という言葉にこだわる。

 基本、戦争反対だが、もちろん「敗戦」にもいろいろある。その多くは敗戦を反省し、次は勝戦を目指す。クリミア戦争や日露戦争に負けたロシアなど、その典型である。

 敗戦を反省して、本当に戦争を止めるなら「終戦」のほうがハッキリしている。次の戦争がないのだからいいに決まっている。

 勝ち負けにこだわり「敗戦」と言っているうちは平和は来ないことは、本書で述べている通りである。

 西洋文明の洗礼を受けた日本の知識人は「自分大事」との行動様式を自然に身につけてきたため、例えば広島の原爆碑の「過ちは繰り返しません」の文句を目の敵にする。

 主語がないから、意味不明だというわけだが、もともと日本語には基本的に主語などはなかった。そこでの言葉は、自分を主張するのではなく、相手や周囲と思いを共有するものとしてある。内と外を分けない。その意味では、本来の日本語は無人称の「神」の言葉なのである。

 もちろん「無名ジャーナリスト」の無も、無人称の「無」である。

「私」や「僕」「俺」などは明治期に作られた、何事も分けて考える西洋の発想からくる訳語である。そして、重要なことは主語を使わない無人称の言葉の持つ意味である。

 本書では「霊性」という言葉を、重要なキーワードにしているが、結論として、霊性の欠如こそが戦争の根本的な原因であると指摘している。

 つまり、世界における「終戦」を実現するには、いかにして霊性を身につけるかが問題となるのだが、本書ではプロローグの末尾で、正しい教育の重要性を指摘している。

 そのヒントとなるのが、日本語を学んでいる外国人は、自然に心が落ちつくそうで、実際に日本の「和」の文化を理解しやすくなるといった研究成果である。もう一つは、一時期、私や僕などの一人称を使わない「名無しの老人」が、東大や京大などで開催していた

「哲学講座」の活動である。

 その驚きの内容・効果については、次回、レポートすることにする。


 
 
 

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