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『幸せのメカニズム』(前野隆司著)を読んでみた!                「幸福論」は一冊の本になると、いつもわからなくなる

『幸せのメカニズム』(前野隆司著)を読んでみた!              

 「幸福論」は一冊の本になると、いつもわからなくなる


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 けいはんな万博イベント

 2025年6月、けいはんな学研都市で行われていた「けいはんな万博2025」のイベント「健康寿命・伸長への提案~ウェルビーイングと『意識』の関係性~」会場を訪ねてみました。

 京大医学部卒「ハズしまぶくろクリニック」島袋隆院長、「ジュジュベ・ハワイクリニック」亀井士門院長、「Lotus Medicine health&beauty cli nic」辛島究医師の3人による基調講演に、京都大学・高見茂名誉教授がコーディネーターのパネルディスカッションです。

 3人の医師は現代医療の限界を知った上で、新たな医療・治療の世界に携わっている人たちです。

「健康寿命を延ばし、幸せな人生100年時代へ」とのテーマを考えたとき「意識や心の持ち方」がいかに大切かを、ガンをはじめとした治療体験を交えて語っています。

 40年間、ガンの手術をしてきたという島袋院長は、医療の常識とは異なる結果を多く見てきたと語っています。末期のステージ4でも助かる人、初期のステージ1でも亡くなる人。要するに「治る人は治る」との手術結果を経て、得た結論が「ガンで死ぬ人はいない」ということです。

 生活習慣をはじめ、血液の酸化、ストレス、免疫力、食などの要因とともに、いかに意識や心の持ち方が重要かというのが、イベントのテーマです。

 コーディネーターの高見名誉教授は、幸せを感じている人は長生きする傾向が顕著なことから「ウェルビーイングと意識の関係性」について、幸福学の研究者・前野隆司著『幸せのメカニズム』にある幸せの4つの因子について紹介していました。

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1.やってみよう因子(自己実現と成長の因子)、

2.ありがとう因子(つながりと感謝の因子)、

3.なんとかなる因子(前向きと楽観の因子)、

4.あなたらしく因子(独立とマイペースの因子)の4つです。

 本の結論でもある4つの因子(個人的な幸福観)は、指摘されれば「なるほど」と誰もが思うことなので、本の表紙にも書かれています。

 学術的な幸せへのアプローチは、幸せの意味やその測り方、幸せに関するデータなどから、幸せの方程式の形で客観的な幸せの条件を導き出して、それを幸せの4つの因子にまとめたというものです。

 とはいえ、幸せを学術的に研究して、1冊の本にするとなると、あまりに様々な要素、条件並びに例外などもあって、その本質がわからなくなります。

 事実、明らかに矛盾していると思われるのが、その幸せの4つの因子を実現している典型的人物が、例えばアメリカのトランプ大統領ということです。

 トランプ大統領の「やってみよう」は関税一つとっても明確です。「ありがとう」は彼はキリスト教信者であり、その政治集会は宗教行事のようです。「なんとかなる」は彼の人生そのものであり、「あなたらしく」は彼のためにあるような因子です。それらは現代の成功者であるイーロン・マスク氏、ビル・ゲイツ氏など、みんなに当てはまります。

 そして、忘れてならないことは、その結果、現在の分断と戦争の絶えない世界ができあがっていることです。つまり、個別の事例からは幸福の本質には到達しない見本のようなものですが、そんなことにこだわっていては、幸福論など書くことはできないということ

です。

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 世界に幸せな人はいない!

 みなさん、本当の幸せを知らないのではないかと思うのも、実は21世紀の地球に生きていて、幸せな人など誰もいないということです。それでも「自分は幸せ」と言える人は地球の現状を知らない無知と世界の現実に目を向けない想像力の欠如の結果です。

 命が大事、愛と平和、友情と信頼を掲げることは誰でもできますが、いまも世界は戦争に明け暮れていて、その犠牲になるのは、いつも名もない庶民です。

 そうした世界に生きて、なお自分の幸せを自慢できる人は、かなりおめでたいと言うしかありません。それは宮澤賢治が『農民芸術概論綱要』の序で「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と記している思いです。

「幸せとは何か」というとき、自分は何の悩みもなく、成功を手に入れ、金も名誉も地位など、およそ世間がうらやむすべてのものを手に入れて、幸せの絶頂にあると自慢したところで、それは彼の信じる幸せであり、少し地球の裏側を見る視野と想像力があれば、それはただの無知、自己チュー、想像力の欠如でしかありません。

 そのことに気がつけば、本当の幸せ、その本質も見えてきます。

 著者は「あとがき」にあるように「世界中の人に、一人残らず幸せになってほしいとの思いで、そのための第一歩として誰にでもわかる幸せの方程式を導き出し、みんなでそれを共有すること、そんな思いで本書を書きました」とあります。序章にも「誰にでもわかる」学術書と書いてあります。

 その幸せの方程式が機能する世界で、幸せの輪のつながりが世界中に広がって「70億人の誰もが自分らしく楽観的に自分のペースで生きる世界が築けたら、それはもう楽園ですよね」と語り、そのために必要なことはただひとつ。「幸せのメカニズム」を理解し、実践すること。「みんなで、みんなの幸せの輪を築いていきましょう」と、実に楽観的、ポジティブです。

 その思いは嘘ではないとしても、相変わらず「幸せ」や「幸福」が1冊の本になると、幸福の正体が客観的と称しながら、結局のところ、個人の幸福に集約していく形で、見えなくなっていきます。

 一冊ではなく、少なくとも「A4一枚でまとめてほしい」というのが「ウエルネス@タイムス」の主張です。

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 幸せカルタとは?

 本書の最後の部分には、幸せを考える上での新兵器「幸せのカルタ」として「あいうえお」から「を・ん」までをカルタにして紹介していました。ザッと目を通しただけでも、なるほどと思うことと、明らかにちがうのではという点があります。

 最初の「あ」は「ありがとう、すべてみんながいたおかげ」です。これだけで、他のカルタはいらないようにも思いますが、次の「い」の「いざというときに頼れる人がいる」

以下、次々とそれらしい「カルタ」が登場するにつれて、だんだん幸福の正体がボケて来ます。

 中でも「ちょっと?」と思うのは、例えば「モノを買う刹那の満足繰り返す」です。幸福の条件などではなく、逆の意味での標語だとしても、誤解のもとはないでしょうか。

 結局、それも個人的な幸福といえば、その通りですが、幸福のベースにある自分が透けて見えてきます。

 2025年5月の「日経」日曜版で、幸せの本質について、要は「ありがとう」の価値を語っているベンチャー経営者の言葉が参考になります。山形県にあるベンチャー「サバイバー」の関山秀和代表です。

 もともとは鶴岡市の慶応大学・先端生命科学研究所で、クモの糸で繊維をつくったベンチャーで、座右の銘として「会社は社会のためにある」と書かれていました。

 勉強も運動も苦手だった彼は、何で勉強をしないといけないのか。納得できないまま、成績は常に下位グループでした。「何で生きていなきゃいけないのか」と考えていた中3のある日「突然バサッと答えがおりてきた」とのことです。その答えが「人生に本質的な意味なんかない」というものです。

 まあ、意味はあると思いますが、その後の彼の生き方は多くの人の参考になります。

 自分の幸せを最大化するために行動するのが最適解だと覚ったという彼は「自分の幸せとは何か?」を考えました。そして得た答えが「周りの人が不幸だったら、自分は幸せにはなれない。自分が所属するコミュニティの人にとって幸せにつながるようなことを見つけて、それに貢献すること」というものでした。

 平たい言葉で言えば、周りを幸せにすること、与える、譲るその他、何かをすることによって「ありがとう」の言葉が返ってきます。相手を幸せにすることが、自分の幸せにつながります。要は、利他の行為によって、ありがとうの言葉を受け取ることこそが、幸せの第1歩ということです。

 個人的な幸せをどんなに充実させて、自分は幸せだと自慢したところで、誰も「ありがとう」とは言ってくれません。

 その意味では「も」のカルタは「モノを買う、巡りめぐって人のため」だと思います。

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 幸せの本質について

「幸せの要因はたくさんある」と、同書でも指摘されているように、健康、金、生き甲斐など、そのすべてが満たされれば「幸せなのか」は、人それぞれです。幸せと思う人もいれば、そうではない人もいます。

 改めて、何が幸せの本質か、以下、重複する部分もありますが、その昔、浄土真宗の高僧から聞いた話です。

        *                   *  

「幸せ(幸福)」とは何かについては、人それぞれ考え方がちがいます。世界に多くの幸福論があるのが、その証拠ですが、一冊の本になるぐらいなので、読んでいるうちにいろんな幸せがあって、よくわからなくなります。

 小さな幸せから大きな幸せ、お金や欲望の充足が幸せだと信じている人もいて、中には周りに迷惑な幸せもあります。

 本当の幸せとは、誰からも「ありがとう」と言われることで手に入ります。自分一人が幸せで豊かな暮らしを送っていても、人は「ありがとう」とは言ってくれません。

 多くの宗教では「己れを捨てよ」「我欲を離れろ」と言います。その対極の在り方として、日々当たり前の社会貢献を説いています。

「自分の人生はハッピーの連続で、お金にも不自由しない。仕事も順調で、家族も幸せ、立派なセカンドハウスや別荘もある。趣味のゴルフに海外旅行を謳歌しつつ、財テクに励んでいるので、お金に困ることもない」。

 幸せとは周りから「ありがとう」と言われる行為の結果、得られる感情・満足感であるならば、その人がどんなに個人的に恵まれ、幸せだと信じていても、21世紀の今日、その幸せは世の中の分断、格差を助長するのに役立つ、自分だけの成果だということです。

 自分が幸せであると思えば思うほど、世界の裏側、地球の片隅には飢えて亡くなる難民や戦争によって亡くなる多くの人たちがいるという現実を前に、自分の幸せを喜んでいる場合ではないからです。平和な日本にいて、たとえ自分は恵まれた幸せな日々を送っているとしても、世界の現実を知れば、本当に幸せな人など一人もいないといっても間違いではありません。

 では、どうやったら常に「ありがとう」と言われるのでしょうか?

 多くの人はすでにやっていることですが、御布施、施しをする。人に親切にする。働くことによって、周りの役に立つ。つまりは、徹底して人に譲ること、他人に分け与えることなど、人を助けることによって「ありがとう」という言葉が返ってきます。

 あるいは、直接「ありがとう」と言われなくても、誰かに譲ること、他人に分け与えること、人を助けることによって、お金では得られないやり甲斐、働き甲斐、そして生き甲斐とともに幸せな気分を味わうことになります。

 人から「ありがとう」と感謝されない幸せは、本当の幸せではないということです。

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 多くの幸福論同様、『幸せのメカニズム』でも「70億分の1の幸せ」を見つけるようにと説いています。その幸せが、周りから「ありがとう」と言われるものではない限り、本当の幸せはやって来ることはありません。

 いまだ世界は幸せを手に入れる準備ができていないということでしょうか!?


 
 
 

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