参議院選「最多得票落選者」と「最少得票当選者」の落差 ジャーナリストT氏 誰がなっても変わりがないことが証明された「日本の首相!」
- vegita974
- 2025年8月6日
- 読了時間: 4分
参議院選「最多得票落選者」と「最少得票当選者」の落差 ジャーナリストT氏
誰がなっても変わりがないことが証明された「日本の首相!」

選ぶこと自体が間違い!?
2025年7月20日に行われた参議院選挙の投票率が、前回よりも6ポイント以上増の58・51%になったということです。選挙権年齢を18歳に引き下げた効果が、少しずつ浸透してきた結果かもしれませんが、日本の政治並びに選挙を巡る問題は、基本的に何も変わりがないようです。
石破茂総裁が選出された2024年9月に行われた総裁選の結果を受けて「ウエルネス@タイムス」第37号で「阿弥陀くじ」での投票を提案していたジャーナリストT氏に、今回の参院選に関するレポートをお願いしてみました。

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選挙の矛盾は至るところに見られるが、今回の参議院選挙の落選者のうち、得票が最多だったのは、公明党の神奈川選挙区(改選数4)の佐々木さやか氏であった。
同氏の57万1796票は、逆に最少得票での当選者・和歌山選挙区(改選数1)の望月良男氏(無所属)の14万1604票との間では4・0倍の開きがあった。
2番目の高得票落選者は同じ公明党の矢倉克夫氏(埼玉・同4)の44万1613票、3番目が自民党の中村真衣氏の42万8167票であった。
最多得票落選者と最少得票当選者の落差は、近年、よく話題になるが、どうしたらいいのかは難しいことだと、信じられている。
筆者もそう思っていたが、実は、そんなに難しいことではないのかもしれない。
大体が「誰がやっても同じ」とか「入れる政党がない」「政治には期待しない」というのが、近年の日本の政治並びに選挙を巡る状況である。結果、投票に行かないことになるのだから、今回は前回より投票率が増えたとはいえ、いまも無投票層こそが“最大与党”である。
一票の格差を問題にして、今回も弁護士グループが選挙の無効を求めて全国14の高裁・高裁支部に一斉提訴が進められているとか。そこでは、なお政治に期待している向きがないわけではないようだが、一般大衆の本音は、どうなのか。
「いまのままではダメだ」との思いが、投票率アップにつながったとの見方もあるが、自民党もダメだし、野党はもっとダメだとか。政治家が小粒になったとか言われながら、先の総裁選では、まさかと言われた党内野党の石破内閣が誕生している。
誰がなっても、似たようなものとの、立派な証明である。結果、選挙に負けて、次はどうするのかが問題になる。
そこでは選ぶこと自体が、そもそもの間違い、混乱の元ではないのだろうかと言いたくなっても不思議ではない。
事実、似たような国のモデルもある。小国だがイタリア中東部にあるサンマリノ共和国の仕組みは、自立した個人の使命と責任あるシステムとして機能していて、なるほどというべき内容となっている。

日本社会に合った交代制?
サンマリノ共和国は「もっとも静謐な共和国」との別名を持つ。人口が3万数千人。東京の世田谷区ぐらいの大きさの、世界で5番目に小さい国である。とはいえ、国の歴史は長い。
西暦301年に世界最古の共和国として建国されて以来、1700年以上、戦争をしたことがない。平和の大国なのである。
国民一人ひとりが自分の国を守るためにどうすればいいのか、国益を基本にする考え方が徹底している、その結果の平和である。
同国では、国会議員に相当する評議員60名の中から、元首の役割を担う執政と呼ばれる人物が2人選ばれて、4月と10月、半年ごとに交互に元首につくことになる。
評議員はすべて何らかの本職を持っていて、専門の政治家はいない。同国の政治システムは、半年間、一般人が首相になるようなものである。権力の集中を防ぎ、常に民主主義の精神を守ってきた国ならではの政治体制である。
そのサンマリノ共和国では裁判官は外国人を雇っている。人口が少ないため、顔見知りが多いことから、公平性を保つのが困難なための、いわば苦肉の策である。
まさに、そのぐらいの覚悟がなければ、理想の国家などできるはずがない。
その同じことが日本でできるのかというのは、いささか疑問ではあるが、似たような前例がないわけではない。
日本でも、浪人が当たり前という最難関の司法試験を通ったエリートたちが手にする3権分立の一つ、司法の場を担う裁判官、検察官そして弁護士の仕事を、いまやド素人である一般市民が任される裁判員制度がスタートして、すでに何年にもなる。やればできる証明かも?
そこからは誰がやっても、どんな判決が降りても、世の中の趨勢に大した影響はないとの現実(?)が透けて見えてくる。
政治も、もっともらしいことはいくらでも言えるが、真に実のあるものにするためにはある程度は自立した市民一人ひとりが実際にやってみれば、少しは政治について考えるきっかけになり、また身近な問題になるはずである。
自己主張の苦手なタイプが多い日本社会では、選ぶこと自体が間違いのもとかもしれない。交代制・順番制は、案外、日本の政治と世の中を変える最後のチャンスになる可能性がある。
本当かどうかは、やってみればわかるはずである。あえて、提言する理由でもある。



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